子猫との日常 | ナノ


「ただいまー……」

「おかえり。早かったな」

「うん……。具合悪くて早退させてもらった」


出迎えてくれた津軽に、苦笑しながら靴を脱いだ。
朝からなんとなく体がだるいと思っていたけど。
午後になって頭痛が酷くなり、寒気もしてきたので上司に頼んで早退してきたのだ。


「…顔赤いな。熱、あるんじゃないか?」

「うーん……とりあえず部屋で寝てるよ。今日の晩ご飯、任せていい?」

「ああ」


ありがとう、とお礼を言って2階へ上がる。やば、化粧落とさなきゃ。…着替えてからでいっか。

部屋で着替えてまた下へ行こうとしたとき、臨也の部屋のドアが開いた。


「おかえり。具合大丈夫?」

「ん、あれ?なんで具合悪いの知ってんの?」

「さぁ?」


…………情報屋って怖い。
あ、もしかしたら津軽と話してたの聞いてたのかも。うん、そうだそうに違いないよね絶対。

臨也は私の額にぴとっと手を当てると、少し顔をしかめた。


「熱あるね。新羅呼んどく」

「えっいいよ。ただの風邪だし」

「奏はただの風邪をこじらせるの得意じゃない。市販の薬飲んで寝込んでるよりいいと思うけど?」

「…………はぁ。もういいよ何でも」


それより早く横になりたい……。重い頭を必死に支えながら顔を洗い、私はベッドに潜った。










「大丈夫か?」

「あ……静雄?おかえり…」


ベッドに潜ったのはいいものの、余りに具合が悪くて苦しくて寝れたもんじゃない。うう……もしかしてこれ、悪化してる?
さっき津軽が持ってきてくれたタオルを取り替えながら、静雄が心配そうに私の頭を撫でた。


「だいじょぶ…ただの風邪だから……」

「…新羅、もう少ししたら来るって。なんか仕事があるらしくてな」

「仕方ないよ…新羅も、闇とは言え医者なんだし」


どこか怒ったような顔をする静雄に思わず苦笑いする。新羅だって暇じゃない、そういうことだ。


「それより、津軽のお手伝いしてあげて。ここに居たら風邪うつしちゃう…」

「いや……俺はほら、丈夫だからよ、心配すん」


ピンポーン

静雄の言葉を遮ったのはインターホン。新羅か?と呟く静雄の予想を裏切らず、ノックをして入ってきたのは白衣を着た友人で。


「久しぶりだね、奏。それにしても驚いたよ!また人数が増えたみたいじゃないか。いやあ玄関で津軽くんを見た時は本当に、」

「どうでもいいから、さっさと診やがれ」

「……うん、まぁ、この話は後にして、早速君を診察しよう。ところで静雄、まさか診察中もここに居座る気じゃないよね?僕、聴診器使いたいんだけど」

「あ……、さ、さっさと終わらせろよ!」


バタン!と勢い良く閉められたドアを見つめて、新羅は肩を竦める。


「相変わらずの純情ぶりで良かったよ」

「いつも、純情なわけじゃないけどね」

「おや、やっぱり男は狼って所かな。なんだい、彼も変態だったりするの?」

「安心して新羅には負けるから」


酷いなぁと言いながら新羅は聴診器を耳に当てる。私は素直にパジャマの裾を上げた。

初めて新羅に診察してもらったのは高校を卒業してから……もとい思春期が終わった後だったから、彼の職業を医者だと思えば意外と簡単に割り切ることができた。だから、恥ずかしさは余り無い。


「それにしても、こうやって奏を診察するのは随分久しぶりだよね」

「ここ2年くらいは、風邪ひかなかったから……」

「前は半年に1回は必ず風邪ひいてたのに。やっぱり愛の力かな」

「うるさい…」


はい口開けてーと今度は喉を見ながら、新羅はにこりと笑う。


「でも愛の力ってのも案外あるもんだよ。俺だってセルティのことを思えば力が出るし、セルティが俺のこと思ってくれると感じるだけで殺されても死ぬ気なんてちっともしないし」

「……そう、かな」

「そうさ!奏なんて愛して愛されてる人間がたくさんいるから尚更じゃない。はい、診察終わり」


そう言うと、新羅は医療器具を鞄にしまい始める。代わりに、何種類かの錠剤を取り出した。


「久しぶりに風邪になったせいか、ちょっと症状が重いね。少し薬多めに出しとくよ。ちゃんと飲むこと、いいね?じゃないとまた肺炎になるよ」

「バチが…当たったのかも」

「え?」


気が付くと言葉を吐き出していた。

新羅が不思議な顔をする。何故か、手がふるふると震えた。


「今日、ずっとベッドの中にいて……一人で寝込んでた時のこと思い出して。一人ってこんなに淋しかったんだなぁって、久しぶりに思った」


この広い家に、一人でいる淋しさ。ぽつんと、まるで置いてけぼりのように。


「最近、みんながいるから全然淋しくないの。だから、油断してたのかも……。なんか、怖くなった。私、これ以上家族の温かさに慣れたら、離れられなくなりそうで。本当に家族だと思ってるのは、私だけなんじゃないかって、変に不安になって……」


淋しさに埋もれていた私が、温かさを求めて勝手に家族って思い込んでるだけなんじゃないかって。

だから、


「だから、そんな私に神様が罰を与えて、淋しさを思い出させたのかなって、そう思って……。なんでだろ、熱のせいかな?こんなことばっか考えちゃう…」


ぐるぐると回る思考回路は確実に私の具合を悪くしていた。でもそれは止まることなく回り続けて。…こんなの、悪循環もいいところだ。

新羅は黙って私の話を聞いたあと、苦笑混じりにため息をついた。


「はっきり言うけど、熱のせいだね。何をそんなに不安になる必要があるんだい。君は愛を一心に受けているじゃないか」

「でも……、」

「口で説明するより、目で見た方が早いかな?百聞は一見に如かず、ってね」


新羅が笑いながら部屋のドアを開けると、人影が傾れ込んできた。




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