子猫との日常 | ナノ


家に帰ると、胸糞悪い光景が目に飛び込んできた。
折角いい気分で帰ってきたのに。酒のせいで上機嫌だった俺も一気に不機嫌になる。


「おい、何してる」

「しー、あんまり大きい声出さないで」


寝てるだけだから、と奏が苦笑する。いや、俺にとっては苦笑では済まされない訳で。
帰ってきたらノミ蟲が奏に覆いかぶさってるとかどんな状況だ。


「とりあえず、どけ」


言いながらノミ蟲の体を引っ張った。あ、こいつ奏にしっかり抱きついてやがる。よし、寝てる間に殺そう。

奏はというと、仕方ないなぁと笑いながら優しい手つきでノミ蟲の手を取っていた。それがなんだか気に入らなくて、半ば強制的にノミ蟲をひっぺがす。


「いつの間にか寝ちゃってさ。静雄、部屋まで運んであげてよ」


ね?と奏は胸の前で手を合わせた。仕方なく、俺はノミ蟲を担ぎ上げて階段を登る。

と、不意に声が漏れた。


「……タバコくさい」

「落としてやろうか」

「奏のがいい匂いする」

「階段の上から転がりたいらしいな」


暴力反対、と一言だけ呟いて、臨也は口を閉ざした。
キィ、と臨也の部屋のドアを開ける。


「……シズちゃんてホントずるいよね」

「あぁ?」

「奏のこと傷つけたら、マジで許さないから」

「んなことする訳ねぇだろ」

「どうだか。この前、自分で暴走を止められなかったのはどこの誰だっけ?」


そのうるさい口を今すぐに塞ぎたかったが、言い返す言葉すら見つからなくて。


「どんなに奏が頼んだとしても、もう止めないから。せいぜい自己嫌悪に陥ればいい。その間に奏を俺のものにする」


いつもと違い淡々と吐き出される言葉に、俺はもう苛立ちなんて感じていられなかった。……こいつ、本気だ。ただそれだけを、直感する。

だからこそ、俺は笑った。


「やれるもんならやってみろ。第一、俺は奏を傷つけるつもりなんてこれっぽっちもないけどな」

「あーあー嫌んなっちゃうね。この前だってさ、俺がいろいろ気遣わしたのに元気出なくて、結局シズちゃんと一回外出させただけですっかり元通りになっちゃって。てか外出ったってほぼ屋内でしょ?ずっとシズちゃんち居て帰ってきたら立てないくらい腰も足もガクガクでホント何シてきたのさ?あー、思い出したらイライラしてきた」


段々いつもの調子に戻ってきた臨也を、ぼすん、と投げ出すようにベッドに下ろし、シーツを乱暴に被せる。


「るせーよ、手前にゃ関係ねぇだろ。それより、手前が何してたんださっき」

「奏に抱きついて、頭撫でてもらってる内に奏の腕の中で……胸で?寝ちゃった」

「手前もう一生ベッドから出てくんな」


ああやっぱダメだ。こいつと話してるとイライラする。部屋から出ようとすると、臨也がベッドの上でぼそりと呟いた。


「全く、すっかり人間らしくなっちゃってさぁ……忌々しいね」


化け物のくせに。そう一言付け加えられた。

…………聞かなかったことにしてやる。

拳に少しだけ力を込めてから、俺は黙ってドアを閉めた。










2階から戻ってきた静雄は、見るからに不機嫌だった。まぁ臨也と一緒にソファに埋もれてた時点で機嫌は悪くなってたんだろうけど。

不機嫌、というか拗ねてる?


「ありがとね」

「ん……、」


えーと……。また臨也に何か言われたかな?
こういう顔をするときの静雄は、大抵心に何かつっかえていることが多い。

2階に行く前はそんな顔してなかったし、これは完璧に臨也が原因だろうなぁ。


「静雄」

「なんだ?」

「おいで」

「…………」


隣をぽんぽんと叩けば、無言で座る。ふわふわの髪を撫でてあげれば、すり、と頭を首に埋めてきた。

これじゃあ、さっきの臨也と同じじゃないか。


「よしよし」

「……ノミ蟲の匂いがする」

「犬かお前は」

「俺は、」


お前を、傷つけたりしないから。

そう呟いて、更に顔を埋めた静雄に少し驚いて、苦笑する。頭を撫でているうちに、自分も段々眠くなってきた。


「静雄……もう寝よう?」

「一緒がいい」

「でもダブルベッドは津軽たちが使ってるし」

「別になんでもいいだろ」


いやぁ流石に大人2人がシングルじゃ苦しいんじゃ……特に静雄は体大きいし。

……そういや静雄の家に泊まったときはいつもシングルに2人で寝てたっけ。


「狭くて落ちても知らないよ?」

「抱き締めて寝るから大丈夫」

「そ。…じゃ、抱っこして」


顔を上げた静雄は一瞬驚いたような顔をすると、わかった、と私を抱き上げた。
うわ、自分から言ったこととはいえ恥ずかしいな。てかお姫様抱っこじゃなくても良かったんだけど寧ろ普通に抱っこして欲しかったんだけど……!

私の部屋に着くと、静雄は私をベッドの上に降ろしてから何を考えたか上に跨がった。


「へ?」

「あ?誘ったんじゃなかったのか?」

「全くもって」


違います。と断言すると、静雄は不服そうに眉間にしわを寄せた。
そんな露骨に表情に出さなくても……。


「もう遅いし、明日も仕事あるし、早く寝よう?ほら、」


静雄が退いたのを見て、ベッドの端に寄ってスペースを作る。ベストを脱いで、もそもそと金髪頭がそこに入り込んだ。


「あ、シャツ皺になっちゃうね。着替える?」

「このままでいい」


ぐい、と引き寄せられて一気に距離が近くなる。タバコの匂いが鼻を擽った。

大きな手や包まれる温かさに安心感と脱力感を感じて、私はすぐに微睡み始めた。


「おやすみ……」

「ん…おやすみ」


すう、と目を閉じると、額に何か柔らかい感触。だけどそれを確かめることよりも眠気が勝って、代わりに少しだけ静雄に擦り寄った。






(おやすみ、愛しい人)





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