『今から帰る』
と津軽から連絡があったのは10分前。インターホンの音にモニターを確認すると、臨也を担いだ津軽がそこに立っていた。
「おかえり」
「ん、」
津軽に抱かれた臨也がう"ー、と声を漏らす。うわ、完全に酔ってる……。
今日、夜ご飯を食べている時に臨也が津軽を飲みに誘った。8時ごろ「せいぜい2時間ぐらいだよ」と言って出たくせに、時計の針はもう0時を回っている。
「臨也、大丈夫?」
「みず……」
すっかり弱々しくなった様子にため息をついて、津軽にソファまで運んでもらった。
「んぅ…つがる……?」
向かい合ったソファに寝ていたサイケがもそもそと起き上がる。津軽が帰ってくるまで寝ないと言っていたのだけど、結局イザにゃんを抱いて寝てしまったのだ。
「あぁ、ただいま」
「……おそい」
「悪かった」
そう言って津軽が頭を撫でれば、サイケは「ん、おかえり」と目を細めた。
仲が良い……だけでは多分済まされない関係だと、時々思う。
こう、なんというか、……うん、上手く言えないけど。
「臨也、ほら水」
ソファでぐったりと横になっている臨也を揺するけど、起き上がる気配が全くない。仕方なく臨也の両腕を掴んで引っ張る。
と、その勢いに任せて臨也が私に凭れかかってきて、私は受け止め切れずに臨也ごとぼふん、とソファに埋もれた。
「わ、ちょっと、臨也…「なんで」」
え?と私の肩に埋もれる頭を見つめる。いつの間にか臨也の両腕は私を抱き締めるように腰と背中に回されていた。
「なんで、俺じゃないの」
顔を肩に押しつけられているから表情は分からなかったけど、酷く弱々しくて、泣きそうな声だった。
言ってる意味がよく分からない私は、とりあえず臨也の背中をぽんぽんと叩いてあげる。
「どうしたの?」
「…………」
…困ったな。酔ってるから自分が何してるか分かってないのかも。
津軽にどうしよう、という気持ちを込めて視線を向けたけど、津軽はサイケとイザにゃんを抱き上げてただ一言言っただけだった。
「臨也の気持ちも、たまには聞いてやれ」
「え…?ってちょ、津軽!」
待って、と言う暇もなく、津軽はリビングのドアをバタンと閉めた。連れていくなら臨也を連れて行って欲しかったんだけど……。
津軽たちがリビングを出て行ったのを感じたのか、臨也がまた小さく声を出した。
「俺はさぁ、奏のこと昔から知ってるよ」
「ん?うん……」
そりゃそうだ。だって私と臨也は幼馴染みなのだから。
「奏が泣いたらすぐに駆け付けた。守ってあげた。大事なんだ。ねぇ、大事なんだよ……」
臨也は、はー、と熱くて長い息を吐く。私はなぜか冷静だった。さっきまで訳がわからなかったのに、今はたぶん、臨也が言いたいこと、わかる。
「なんで…なんで、シズちゃんなのさ……」
ああ、やっぱりそうか。
別にこの質問をされたのは初めてじゃなかったから、やっぱり私は冷静だった。
臨也は無言で腕にこめる力を強めた。その強さには応えられない。だから、優しく優しく臨也の背中を撫でてあげる。
「ごめん、ごめんね臨也」
「…謝らなくていい。知ってるよ、知ってるから」
ただ、今はこのままでいたい。そう呟いて臨也は更に力をこめた。
まるで、私に抱き返して欲しいとでも言うように。
「ありがとう、臨也。ありがとう」
「うん」
「臨也がいるから私いつも楽しいよ。今までだって、泣いても臨也がいてくれたから笑えた。守ってくれたから寂しくなかった」
「……うそつけ。寂しかった時もあったくせに」
「はは……」
臨也には隠し事できないなぁと私が小さく笑うと、本当だよと臨也も少し笑った。
「臨也も、特別だよ」
「でもシズちゃんと違う」
「…うん、そうだね。違う」
臨也が、今度は自嘲するように笑った。それがなんだか悲しくて。だけど、と言葉を続ける。
「臨也の居場所はね、静雄にだって入れない場所だよ」
私の言葉に、ぴくりと反応したのがわかった。少しだけ、手が、背中が、震えたから。
「昔から私のこと助けてくれて守ってくれて、そばにいてくれた私のヒーローは、臨也しかいないの」
だから、ね?何も不安に思うことなんて無いんだよ。
また背中を撫でてあげると、疲れたようなため息が聞こえた。
「なんか俺ばっか、馬鹿みたい。勝手に置いてかれそうって、不安に思ったりして」
「置いていかないよ。臨也が私を一人にしなかったように、私も臨也を一人にしない」
「……じゃあ、結婚して」
「静雄に殺されちゃうよ?臨也が」
冗談だよ、と笑う臨也に、自然と私も笑みを零す。
不意にすりすりと顔を押し付けられて、首元が擽ったい。
「奏」
「なに?」
「頭、撫でて」
「……はいはい」
臨也が本当は寂しがり屋なのも、甘えん坊なのも知ってる。知ってるから。
私は臨也の頭をゆっくり、優しく撫でてあげた。