「……で、何でそこで連れ帰って来るかなぁ」
「仕方ねぇだろ。誰も居なかったんだから。放っとく訳にもいかねぇし」
大方の話を聞き終えた私は静雄の隣でカタカタと震えている男の子へ目をやった。
潤んだ大きな瞳と目が合う。
厄介事はごめんだけど、この可愛さは破壊的だ。現に私は今この瞬間、常識とか理性とか色んなものが壊されてる気がする。
「しかし……本当に本物なの?この耳と尻尾」
「信じらんねぇなら自分で触ってみろよ」
さっきまで頭の上から被せてあったシーツを取ると、怯えているからか低くうなだれている耳があった。
静雄に言われた通り、そっと耳に触れると男の子はビクリと反応し、ぎゅっと目を瞑る。
あれ、なんか犯罪を犯してる気分だ。いやいや私は新羅みたいな変態じゃない。
「……本物だ」
そんなことを考えながら耳を触っていると、その耳が地肌にしっかりとくっついていて(というか生えていて)、確かに本物であることを確認できた。
耳が本物なら尻尾も本物だろう。ていうか。
「あんた、頭にシーツ被せてタクシーでここまで来たんだっけ?」
「おう」
「静雄にしては頑張ったと思う。思うけど、尻尾出てたらどの道怪しまれるよね」
「あ……」
「うん、やっぱあんたバカだわ」
るせぇな、と静雄が赤くなる。くそ、少し可愛い。
でも静雄にしては頑張ったというのはからかいでもお世辞でもない。
誰だってこんな子居たら混乱するだろうし。インターホンを連打してたことからも静雄が相当混乱してたことがわかる。
だから、そんな状態で耳を隠して、余り人に見られないようにタクシーで来た静雄は本当に頑張ったと思う。
「おい」
「ん?」
「何してる」
「頭撫でてる」
「見りゃわかる。何でだ」
「頑張ったご褒美。よく出来ましたーよしよし」
ムスッとした表情をしながら私の手を振り払わないあたり悪い気はしてないのだろう。
ふと、私は空いているもう一つの手で隣の小さな頭にも手を置いた。
「君もびっくりしたでしょ。いきなり怖いお兄さんに連れて来られて」
「…………」
「でも泣かないんだね。偉い偉い」
そう言って撫でてやれば少し頬を染めて俯いてしまった。ちょっとはお近付きになれたかな。
くしゃくしゃの髪とさらさらの髪を思う存分撫でてから(あれ、また変態くさいぞ自分)、私は男の子の目線に合わせるように顔を覗き込んだ。
「ええと……まずはお名前、教えてくれるかな?」
「…………いざや」
「「嘘だろ」」
思わず静雄とハモッてしまった。
私は落ち着いて、もう一度聞く。
「本当のお名前は?」
「いざや」
「一緒に住んでるお兄さんにそう言えって言われたの?」
「おにいさん?」
だれ?と聞きたそうに首を傾げる。こんな小さな子が、こんな手の込んだ嘘をつくとは思えない。
なら、本当なのか。
これはもしかしたらもしかするかもしれない。と、この子の顔を見てあることに気が付いた。
「なんか、似てる」
「似てるって誰に。もしかして臨也か?」
「うん。小さい頃の臨也にそっくり」
私は臨也の幼馴染みだから分かる。一目見た時から臨也をちっちゃくしたような子だな、とは思ったけど。
静雄も臨也の名前がすぐ出てきたあたりそう思っていたのだろう。
「じゃあなんだ。こいつはノミ蟲が小さくなって猫耳と尻尾生やした奴だって言いたいのかよ?」
「そこまでは言ってないよ。……でも、実際にセルティが存在してる訳だし、あり得ない話じゃないよね」
同級生と一緒に住んでいる首なしライダーを思い出しながら言うと、静雄も少しは納得したみたいだった。
「とりあえず今日はうちで面倒見よう。そんで明日臨也のマンション行って、臨也が居るかどうか確認する」
「なっ……こいつを一晩泊めるのか?」
「じゃあこの子をダンボールに入れて外に置いとく?゛誰か拾って下さい゛って紙に書いて?」
「いや、それは……」
「じゃあお世話するしかないじゃない。大体、この子を連れて来たのは静雄でしょ?」
それは、そうだけどよ……と歯切れの悪い返事をしたあと暫く考え事をしているようだった静雄は、よし、と顔を上げた。
「じゃあ今日は俺も泊まる」
「なんでそうなる」
「こいつが本当に臨也だったとしたら、本性を隠してるだけかもしんねぇ」
それは無いと思うなぁ……。
あ、でも有り得るかも。そう思えてしまうから臨也は恐ろしい。
それに私の家は一軒家だから寝るところには困らない。
「じゃあ、とりあえず宜しくね、イザにゃん」
「ちょっと待てなんだその名前」
「え、この子の名前」
「そのふざけた名前はどこから出てきたんだ」
「臨也がにゃんこみたいだからイザにゃん。ちなみに子供だから仔イザにゃんにしたかったけど、長くなったから省略」
「訳がわからん。つーか省略って一文字しか違んねぇし」
ゴスッと私の頭にチョップが入る。ツッコミのつもりかコノヤロー頭割れそうなんだけど。
ぶつくさと文句を言う静雄を無視して、私はイザにゃんに向き直る。
「ねぇイザにゃんって呼んでもいい?」
「いざにゃん……」
「そ。可愛いでしょ」
「うん、いいよ」
自分の呼び名をあっけなく認めたイザにゃんはふにゃりと笑った。
ああ可愛い……ッ!
「じゃあ、とりあえずご飯にしよう!」
窓の外を見ればもう陽は沈んでいて、暗くなっていた。
まだ文句を言い続ける静雄にうるさいと腹に一発パンチをお見舞いする。……拳がめちゃくちゃ痛い。
その手をさすりながら、私はキッチンへと向かった。