「久しぶりに2人で出かけたら?」
「「は……?」」
突然臨也の口から出た言葉に私と静雄は全く同じリアクションをしてしまった。
先日の事件から1週間、静雄と臨也は私が外出する度についてきた。仕事の送り迎えや、買い物まで。
それはもう一緒に帰るというより護衛という感じで。
私は断ったのだけれど、2人はそれでも無理矢理ついてきた。そんな2人の優しさが嬉しかったのは紛れもない本心だ。
ただ、臨也が迎えにくるときはイザにゃんも連れてくるから、仕事仲間に「いつの間に結婚したの!?てか子供!?」と迫られるのはちょっと大変だったなぁ。
「てめぇ、何か企んでるとかじゃねぇだろうな」
「いいや。たださ、ほら……気分転換しなよって話」
自分から言い出したことなのに、臨也はなんだか機嫌が悪そうだった。逆に静雄はにやりと笑う。
「じゃ、お言葉に甘えるか。行くぞ、奏」
「行くって……今から!?」
「当たり前だろ。俺明日仕事だし」
ええー……。
渋る私を余所に静雄は私をずるずると玄関へ引き摺っていった。
せめて化粧させて欲しい、と言うと、そんなもんいらねぇ、とあっさり即答された。こいつ女心分かってないなこんちくしょう。
「いってらっしゃい」
「あれ?臨也は?」
「みおくりたくないって」
「そうですか……」
訳がわからない。
機嫌悪くするくらいなら、あんな提案しなきゃ良かったのに。
イザにゃんに見送られて家を出ると、静雄が私の手を握ってスタスタ歩き出した。
「ちょっと、どこ行くの?」
「俺のアパート」
「は?だってトムさんの友達に貸してるんじゃ、」
「借りるのは2ヵ月後の話。だからあと1週間ぐらいは誰もいねぇ」
なるほど、なんて納得している間にも静雄のアパートは近付いている訳で。
一体何をするんだろう、と色々思案しているとあっという間にアパートに到着した。
「お、お邪魔しまーす」
「ん、」
静雄はマメな訳じゃないけどズボラでもない。
たまにこっちに来て掃除をしていたのは知っていたから、部屋が綺麗なのもそんなに不思議じゃなかった。
それより気になるのは、
「無人だから何もねぇけど、ほら」
「ありがとう……」
一体何をして時間を潰すつもりなんだろう。
渡された缶コーヒーに口を付けながら、私は首を捻った。
「……奏」
「ん?」
「ヤりたい」
………………は、い?
何を言われたのか理解できないまま、というか、理解したくないと拒否してる間に、すでに私は組み敷かれていた。……ソファに座ってて良かった。
静雄はというともうするりと足に手を滑らせている。いやいやいやちょっと待ってください。
「ストップ、静雄ストップ」
「ん?ソファじゃ嫌か?」
「いやそういう問題ではなく……どしたのいきなり」
少し間が空いてから、静雄は私の腕を引いて上半身を起こし、私の目をじっと見つめた。
「この前から」
「え?」
「この前あんなことがあってから、お前、俺のこと……つーか俺たちのこと、避けてただろう」
「そんな、ことは……」
「お前から俺たちに触れてこなくなった」
静雄に言葉を遮られて、ぐ、と詰まってしまった。
確かに、あの一件以来私は静雄たちに触れるのを避けていた。静雄たちから触れてきた時はいつも通りに接していたのだけれど、自分からは、触れられなかった。
なんだか、触っちゃ、いけない気がして。
「何を、恐がってる」
「恐がってなんか…、」
ウソつき。
……本当は、恐いくせに。
あんな痕を残されたのがショックで、まるで静雄を裏切ったようで、私がとても汚いモノに思えて。
「あんなん、お前が悪い訳じゃないだろ」
「でも」
「あいつらが悪いんだ。それに奏は汚くなんか、ない」
「……っ!」
まっすぐ見つめる静雄の視線に射抜かれて、それが、静雄の言葉が嘘じゃないって物語っていて、みるみる涙が溢れた。
「でも……っ!なんか、静雄のこと裏切ったみたいでっ…静雄以外の人に、私っあ、痕つけられてっ」
「だからそれはお前のせいじゃねぇって。奏は俺のこと、嫌いか?」
少し苦笑いしながら聞いてくる静雄に、ぶんぶんと頭を横に振った。
「じゃあ好きか?」
今度は首を縦に振る。
静雄はそんな私の頭を優しく撫でながら抱き締めた。
「ならいいじゃねぇか」
「え?」
「奏が俺を好きな気持ちは変わらない。俺も奏を好きな気持ちに変わりはねぇ。……だったら、もうそれで充分だろ」
抱き締める力が少し強くなって、更に静雄と密着する。だけど私はそれが嬉しくて嬉しくて。
こんな私を、好きだと言ってくれた。それだけで悪いことをしたあと許されたように心が軽くなった。
震えながら、ゆっくり、ゆっくり静雄の背中に手を回す。
「すきです」
「ああ」
「すき、すきなの……すき」
「知ってる」
「静雄……しずおっ…」
静雄の腕の中で大声で泣いた。そりゃもう大の大人が恥ずかしいくらいに。
静雄はずっと抱き締めてくれていて、あやすように背中をぽんぽんと叩きながら何度も好きだと言ってくれた。
しばらく経って落ち着いた私から体を離して、目尻に残った涙を掬ってくれて。
「ごめん……服、汚した」
「気にすんな。どうせすぐ脱ぐし」
「は?うぇっ、ちょっと静雄んんッ…!」
ニカッと笑った静雄は、再び私を押し倒してそのままキスをした。突然のことに目を丸くして静雄の胸をドンドンと叩く。
てか、息が限界です!
「っはぁ!いきなり何……」
「何って、ナニ?」
「アホか!……やだよ、まだ痕残ってるんだからっ!?」
私が言い終わらない内に首筋に吸い付かれる。人の話聞けよ!
ちゅ、とわざととしか思えないリップ音を立てて静雄が顔を離した。ああ、そこにはきっと赤い花が咲いてるに違いない。
「まぁだそんなこと言うのかよ?痕?んなもん関係ねぇ。その上から俺が上書きしてやる。つーことで、脱げ」
「ひゃあっ!」
ガバッとTシャツを脱がされた。
静雄がそう言ってくれるのは嬉しいよ。嬉しいけどちょっとがっつき過ぎじゃなかろうか。
「チビやノミ蟲のおかげで最近シてねぇからな。悪い、今日余裕ねぇわ」
「ウソでしょ……」
先ほどの明るい笑顔とは違ってニヤリと笑う静雄に、私は顔から血が引いていくのを感じた。
好き。
好き。
大好き!