子猫との日常 | ナノ


新羅のマンションのドアが勢い良く開かれた。


「奏はッ!?」

「うわ、びっくりしたぁ」

「静雄……」


セルティの服を借りたのだろうか、さっきとは違う服で、奏はソファに座っていた。
静雄はズカズカと大股で奏に近づくと、思い切り抱き締めた。もちろん、奏が怪我をしないギリギリの力で。


「ちょっ静雄、「悪かった」…え?」

「ごめん。守れなくて、ごめん。傍にいてやれなくて……ごめん」


奏の肩に顔を埋めて、少し震えるように息を吐く。
奏は突然のことに戸惑いながら視線を泳がせたあと、申し訳なさそうに静雄の胸を押した。


「静雄は悪くないよ。私が、あんな男の人に付いて行ったからいけないの」


奏は助けた直後よりは大分落ち着いていた。しかしやはり負い目があるのか、静雄の背中に腕を回さない。それどころか抱きつく静雄を弱く押し返している。

静雄は包まれる温もりに物足りなさを感じたが、奏をあんな目に遭わせたのが自分のせいだと思うと、それはまるで罰のように感じられて。


「声を掛けられたあとすぐにその場から逃げればよかった……」

「声を掛けられた?」

「うん。男の人2人ぐらいに声掛けられて、別の人に助けられたと思ったらその人に騙されて。よく見たら、3人ともさっき工場の中にいた。グルだったんだね」

「仕方ないさ。あいつらはああいう手段を使うのが得意だからね」


あはは、と力なく苦笑する奏の後ろから、少し不機嫌そうな声が聞こえた。リビングにいた全員で振り返ると、いつの間にか臨也がこれまた不機嫌そうな顔で立っている。


「いざや!」

〈どういうことだ?〉

「んー?えっとねぇ」


新羅の膝の上にいたイザにゃんを抱いて、臨也はソファへ座る。すりすりとイザにゃんに頬擦りをする臨也の隣では、京平が本当に珍しいものを見るような視線を向けていた。どうやらイザにゃんのおかげで機嫌は少し良くなったらしい。

臨也は至って軽い口調で話しだした。


「あいつら、埼玉で結構やらかしてたチームでね。主に今回のような脅迫紛いなことをして色んなチームを潰してたらしい」

「脅迫紛いって……どう見ても脅迫だろあれは」

「そうかなぁ?もし俺があのリーダーだったら、奏を返して欲しくば仲間内で潰し合え、残った一人に奏を渡そう……とか言うね。シズちゃんがこっち側にいるなら、一人ずつシズちゃんに突進してもらうとか。あとは、」

〈もういい、わかった〉


みな呆れたようにやれやれと息をつく。あんなことがあった直後だというのに、相変わらず臨也のペースが乱れることはない。


「話が逸れたね。で、勢いに乗ってTo羅丸にも手を出した。でも六条千景もただの男じゃない。今回と同じように女の子を人質に取られたんだけど、きっと一度経験したからだろうね、難なく女の子を救出して、あとは鉄拳制裁だ」


埼玉のチームリーダーの名前を聞いて、京平は懐かしい気持ちになる。

ああ、あいつ確かにタダ者じゃねぇもんな。


「でもちゃっかり逃げ切った奴らもいて、そいつらはこう考えた。……噂で知った、池袋にいるダラーズというチームを自分たちのものにすれば、To羅丸に返り討ちできる、ってね」

〈なんて奴らだ!とばっちりもいいところだぞ!〉

「だな。あいつらの勝手な都合に俺たちは付き合わされた訳か」

「……………殺す」

「静雄ー?もうこれ以上僕んちのコップ割らないでくれるかな」


話を聞いて各々の反応を示す彼らを見て、臨也は人間の面白さを再確認する。イザにゃんは疲れたのか、臨也の服を握り締めたまま腕の中でうつらうつらと船を漕いでいる状態だ。

いろんな意味で頬を緩めながら、臨也は言葉を続けた。


「でもいくらダラーズといっても池袋を出ればその存在感は薄くなる。まして県外だからね、彼らはダラーズについても、俺たちについても知らな過ぎたんだ」

「まぁ、臨也と静雄を同時に敵に回すなんて、自分を殺して下さいって言ってるようなもんだしね」

「同感だ。俺はいつ人が死ぬのか気が気じゃなかったぞ」


京平が少し非難するように静雄へ視線を向けると、静雄はバツが悪そうに目を逸らした。それは京平に対してと言うよりは、奏に対してきまりが悪いようで。

そんな場を繕うように、セルティがパタパタとPDAを打った。


〈でも良かったじゃないか、誰にも怪我がなくて!まぁ相手は大怪我だろうけど……死んではいないし〉

「怪我、ねぇ……」


果たしてその場を繕えたのか疑問が残るセルティの言葉に、臨也が小さく呟いた。

そういや、と京平が臨也に尋ねる。


「セルティ以外に、誰に電話したんだよ。怖い人たちって誰だ?」

「あぁ、粟楠会」


はい?

顔を俯かせていた奏さえ顔を上げて目を丸くする。イザにゃんは、もう夢の国だった。


「あの廃工場、粟楠会の大事な取引場所の一つなんだよね。それを池袋の人間でもない、どこぞの馬の骨ともつかない奴らに勝手にアジトにされたら怒るに決まってるじゃない」

「それで、処理はあっちに任せたわけか」

「そういうこと。ちなみにここまで送ってもらった」


だから静雄が来てからすぐここに現れたのか。粟楠会の車は目立つから、あまりマンションの前まで来て欲しくないんだよなぁ。

と新羅が思っているのを知ってか知らずか、臨也はニコニコと笑っていた。そしておもむろに立ち上がると、よいしょ、とイザにゃんを抱き直す。


「そろそろ帰ろうよ」

「そうだな……ここに長居する理由も無いし」

〈奏は、どうする?泊まっていくか?〉


セルティの気遣いに奏はしばらく考えるように沈黙したあと、小さく首を横に振った。


「大丈夫。ありがとうセルティ。この服借りていいかな」

〈構わないよ。何かあったら相談に乗るから〉


そう言うセルティにありがとう、と微笑を浮かべて、奏は立ち上がった。

玄関で5人を見送ったあと、新羅が小さく息をつく。


「作り笑いでも、笑うことはできるみたいだね」

〈お前……奏に何があったか知っていたのか!?〉

「いや?でも明らかに様子がおかしかったから。こう言っちゃなんだけど、拉致られたくらいであんなに凹まないよ奏は」


リビングに向かって歩きながら新羅は肩を竦め、そして、独り言のように呟いた。


「ま、元気になるかどうかは、あの2人次第でしょ」


そして、緩やかに始まった非日常の中の非日常は、あっという間に幕を下ろしたのだった。








(ただいま、日常!)


なんて、素直に喜べる筈もない




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