子猫との日常 | ナノ


工場を出るなり臨也は携帯を取り出してどこかに電話をかけた。


「なるべく急いでね」


矢継ぎ早に言葉を紡いで早々と電話を切る。そしてまた別の所へ電話をかけた。
片方の手は奏の手を強く握ったまま。奏はうなだれていてその表情を知ることはできない。


「誰に電話してんだ?」

「さっきはセルティ、今は……あぁ、どうも」


相手が電話に出たのか、臨也は言葉を途中で区切り今度は相手と会話をしているようだった。
京平はセルティ、という名を聞いて真っ黒な首無ライダーを思い出す。


「えぇ、そうなんですよ。ちょうど今です。……え?あぁその点はご心配なく、全員逃げられませんよ。なんたってあの平和島静雄が居ますから……はい、じゃあよろしくお願いします」


パチンと携帯を閉じて小さく息をする。京平が再び誰だと尋ねると、怖い人たち、と臨也は軽く答えた。

工場の中からは相変わらず轟音が聞こえている。京平も臨也もあの男たちを一発殴るだけじゃ足りないくらいの怒りを覚えているのだが、今行っても逆に静雄の暴走に巻き込まれてしまうだろう。
だから工場の外に出てきたのだが、京平は少し心配そうな表情をした。


「あいつ、やり過ぎなきゃいいけど……」

「どうだか。多分無理じゃない?」


京平はため息をつき、臨也は肩を竦める。その時、聞き覚えのある馬のいななきが聞こえた。
ほどなくして全身真っ黒なライダースーツに黄色いヘルメットをしたセルティが現れた。


〈ええと……これはどんな状況だ?〉

「説明は後。この2人を新羅の所へ運んで欲しい」


セルティはとりあえず何か大変なことになっていると気付き、影でサイドカーを造り出した。


「あー、でもこの2人だけじゃ不安だなぁ……。ドタチン、ついて行ってよ」

「はぁ?いきなり何言って」

「事情ならドタチンから聞いて。あと、奏をお風呂に入れてあげて」


着々と話を進める臨也に今日何回目かも分からないため息をついて、京平は諦めたように臨也の胸にドン、と拳を押しつけた。


「言っとくけど、俺も相当腹立ってるからな。俺の分も殴れよ、思い切りな」

「こういう男の友情みたいなのは嫌いなんだけど……まぁ、1回余計に刺すくらいなら」


臨也がにやりと笑うのを見て、京平は奏をセルティの後ろに乗せた。


「影で固定してくれ。こいつ、いま力入らねぇんだ」


セルティは頷くと奏を自身に影で巻き付けた。京平はイザにゃんを抱いてサイドカーに座る。


「じゃ、あとは頼んだぞ」

「任せてよ」

「あ……、」


正に走りだそうとした瞬間、奏が小さく声を発した。臨也は何事かと奏に近づく。


「なに?どうしたの?」

「約束…、」

「え?」

「静雄に、約束、破らせないで……お願い…………」

「……任せてよ」


臨也はさっきと同じ言葉を繰り返し、笑みを浮かべて今度こそ発進した黒バイクに手を振った。


「……約束、ねぇ」










バン、と勢い良く開かれたドアの音を聞いて新羅が玄関へ向かうと、そこにはセルティ以下3名が立っていた。
事前に臨也から連絡を受けていた新羅は、すぐに中に招き入れ怪我を診る。


「うん。全部大したことないみたいだ。2人とも、どこか痛いとこある?」


首を横に振る2人に京平は安堵の息をつく。
そこにセルティがぱたぱたと入ってきた。


〈お風呂の準備ができたから、奏を入れてくる〉

「奏と?いくら女の子同士だからってセルティと一緒お風呂とは妬いちゃうなあ!セルティのしなやかな身体はなるべく僕とセルティだけの秘密にグボハッ!」

〈こんな時にそんなことを言うな!〉


べしんと新羅の頬を両手で叩いて、セルティは奏の手を取って風呂場へ向かった。



風呂場へ連れてきたのはいいものの、脱衣場で奏はなかなか服を脱がない。
どこか痛くて入れないのか?と尋ねると無言で首を振るのみで、胸の前で手をぎゅっと握った。


「……見られたく、ない」

〈…………?〉

「恥ずかしくて、情けなくて……見られたく、ないの」

〈だけど今の奏を見てると一人で風呂に入れるとは思えないな。大丈夫、何があっても奏は奏だ〉


セルティが優しく頭を撫でると、奏は一瞬震えてから、ありがとうとボタンに手をかけた。


(…………!!)


全て脱ぎ終えた奏の体を見てセルティは絶句する。
その白い体には、あまり数は多くないが所々に赤い痕があったからだ。首筋から肩、太股……服は完全に脱がされなかったのか、胴体には痕は無かった。
奏は悲しそうな顔をして、自虐的に笑う。


「汚いよね。こんな……こんな…………っ!」

〈汚くなんかないさ。言っただろ、奏は奏だって。さあ、お風呂に入ろう。さっぱりするぞ〉


セルティは震える肩に手を添えて風呂場のドアを開けた。










「シズちゃーん」

「ねぇってば、聞いてる?」

「うる、せぇッ!」


工場内は見るも無惨な状態だった。角材や廃材があたりに折れたり形を変えて転がっていて、男たちはほとんどが意識を失っている。にも関わらず、静雄は暴走を止めようとはしなかった。

そんな中で臨也はひょいひょいと飛んでくる物質を交わし、静雄に声をかける。いい加減臨也にも苛ついてきた静雄が手に持った廃材を投げようとしたその時。


「約束」

「あ"!?」

「奏が!約束!…破っちゃいやだって」


静雄の腕がピタリと止まる。
臨也は笑顔を消して目を細めながら言葉を続けた。


「殺人犯して刑務所入るつもり?」

「…………」

「俺としては君がこいつらを殺したあとに煮るなり焼くなり好きにさせてもらう予定だったんだけど。奏に頼まれたらそっちの方が大切に決まってるだろう?それでも怒りを抑えられないなら、別にいいよ、殺しても。ただそんなことしてる間に……奏は、俺が貰う」

「んだと…?」

「奏を、俺のものにする」


臨也からはいつものふざけた様子は見られなかった。
静雄もそれに気付いているのか、ぎり、と握った手に力を込める。

臨也はその様子を見て満足気に笑うと、またいつものように余裕の笑みを浮かべた。


「ま、俺が見て回ったら幸い死んでる人間はいないみたいだし……もういいんじゃない?それに、もうちゃんと後片付けしてくれる人たち呼んだから。ついでに言うと、君があんまり暴れるから、俺もドタチンも自分の怒りを振るえなくて困ってたんだよ」


動きの止まった静雄を見て、臨也はある男の前まで歩いて行った。


「ひ、ひぃ……ッ」

「なっさけない声出しちゃってまぁ。ええと、奏の首に痕付けたのは君かな?」


それは集団のリーダーだった。ただパクパクと開閉される口を見て、臨也はため息をつく。

そして、嫌というほど歪な、妖しい笑みを浮かべた。


「お礼に君の首にも赤い花を咲かせてあげようか」

「かっ、かんべん……!」


スッと当てられた刄の冷たい感触に、男は涙と鼻水を流して謝る。しかし臨也は冷たくそれをあしらった。


「うん、でもそれは俺じゃなくて奏に言うべきだよね。いや、だからって謝りに来ないでね。二度とお前のその汚い面なんか見たくないんだからさ。あぁ首はやめにしといてあげるよ。俺は人殺しになるつもりは無いんでね。ただし」


にっこりとナイフを首からどけると、ここら辺?と足首の裏を撫でた。嫌な予感がして、男はサッと顔を青くする。

そして臨也はなんの躊躇いもなくそこにナイフを滑らせた。


「うぁッ…あぁああ"あ!!!」

「こっちは、ドタチンの分」


今度は両手首に滑らせる。男は再び悲鳴を上げて痛みに悶えた。ただその部位を抑えることも出来ず、本当に芋虫のようにもぞもぞと気味悪く動くだけだったのだが。


「そこでずっと這いつくばって、悶えてて」


あくまで笑顔で言う臨也に、男は臨也に死神のような錯覚を覚えた。
臨也は静雄に向き直ると、バカにするようにハッと鼻で笑う。


「いつまでここに居るつもり?奏とにゃんこならとっくに新羅の家だけど」


それを聞いてはっとしたように静雄は走りだした。
工場の敷地内から出る。その時黒い車と擦れ違ったが、気にしてる暇などない。

走って、走って、走って、


(奏、奏……奏!)


ひたすらに走り続けた。
心の中で、愛するヒトの名前を呼びながら。



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