子猫との日常 | ナノ


静雄が廃工場に入ってきてすぐに、京平は奥の廃材の後ろに隠れている臨也を見つけた。
わざと顔を少し出して、しーっと唇に人差し指を当てる臨也に目だけで頷いて、臨也が出てくる隙を掴ませるために話を催促した。

静雄も途中で奥にいる臨也に気付き、内心さっさと出てきて奏たちを助けろとイライラしながら男の下らない話を聞いていたのだが。


「静雄、堪えろ」

「無理だ、我慢できねぇ……おい、汚い手で奏に触んな……!」


男が奏に触れたことで堪忍袋の緒が切れた。
この鉄パイプを投げてつけてやろうとした時、臨也が飛び出したのだ。

そして、今に至る。


「どこから入って……」

「ここさぁ、あの廃材の山の後ろにちょうど人一人くらい入れる穴開いてるんだよね」


隙あらば臨也に飛び掛かろうとしている男たちをさりげなく牽制しながら、臨也は薄く笑う。
そして素早くナイフを動かすと、奏の足を縛っていたロープを切った。赤くなった足首を指でなぞる。


「可哀想に。跡にならなきゃいいけど」

「いざや!」

「よしよし、にゃんこは怪我ないね。……さて」


臨也は奏を立たせてイザにゃんを抱き、自身も座っていた男から立ち上がるとにやりと嫌な笑みを作った。


「そっち側行きたいから、道空けてくれるかな、シズちゃん」

「俺に命令すんな!」


今まで臨也にばかり気を取られていた男たちは、背後から聞こえた声にはっと振り返る。そこには今度こそ鉄パイプを振り上げた静雄がいた。


「らぁああぁあぁッ!!!!」


それを思い切り横に薙ぐ。その瞬間に臨也が奏の手を引いて走りだした。モロに当たった者もいれば、咄嗟にしゃがんで避けた者もいる。
とにかく鉄パイプに精一杯な男たちの間を、臨也は余裕の表情で走り抜けた。


「奏!!」

「し、ずお……」


パイプを投げ捨てるように手放してから、静雄は奏を抱き締める。無論飛んでいった鉄パイプはまた数人の犠牲者を出した訳だが、そんなことは毛ほども気にしない。


「ちぇ。助けたのは俺なのに」

「そう言うな。お前だってちゃんと感謝されてるだろ」


京平が臨也の腕の中を指差した。そこには必死に臨也にしがみつくイザにゃんがいて。


「いざや……いざやぁ…っ!まってたよぉ……!」

「………………ドタチン、」

「なんだよ」

「何か俺、幸せかも」

「そりゃ良かった」


臨也は腕の中で泣きじゃくるイザにゃんの頭を撫でながら、もう大丈夫だからね、と優しく語り掛ける。
そんな2人を見て、京平もふっと頬を緩めた矢先、

ドンッ、と何かを突き飛ばすような音がした。


「奏……?」

「───らな…で」

「おい、どうしたんだよ」


それは、奏が静雄を突き飛ばした音だった。
信じられないという顔で静雄は奏の腕を掴む。が、奏は空いた手で静雄の胸を押した。

そして、弱々しく、でもはっきりとその言葉を口にした。







「……さわらないで」







え?

全員が表情を硬くする。奏はもう限界だったのかしゃくりあげながら言葉を続けた。


「わたっ…わたし、よ、よごれてるっ、から……っ」


確かに奏の服や髪は汚れていたが、そのような意味で言った訳ではないと静雄は奏の様子から直感する。

無理矢理奏を引き寄せて長い髪をよけて首を見る。そこには自分が付けた覚えの無い赤い鬱血痕があった。


「……ノミ蟲」

「なに」

「お前、奏に手ぇ出してねぇよな」

「当たり前。っていうか、この状況で俺疑うわけ?俺だったら、真っ先にこいつらだと思うけど」


いつの間にか、臨也からも笑みが消えていた。思わずイザにゃんが泣き止んでしまうほど、それは恐ろしい無表情。
臨也はイザにゃんを京平に渡すと、また瞬時に笑顔を貼りつける。


「シズちゃん、こいつら殺すつもり?」

「………………」

「俺は殺人はしない主義だけどさぁ……シズちゃんが殺したあとにナイフで滅多刺しにするならいいよね?ってなワケで、俺はシズちゃんが片付け終わるのを待ってるよ」


そう言って、臨也は震えている奏の手を取って京平に廃工場から出ようと合図した。

静雄の怒りの叫びと、物質と人が壊れていく音を聞きながら、臨也と奏、京平とイザにゃんは廃工場の壊れた入り口に向かった。



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