今日は土曜日。
なのに静雄も臨也も仕事で出掛けて家にはいない。
二人揃って家にいないなんてことは珍しい。特に臨也が家を空けることは、滅多にないことだったから。
「かなで」
「んー?どうしたの?」
「おそといきたい!」
ソファで雑誌を読んでいた私の膝に手を乗せて笑顔でお願いされたらもう聞かない訳にはいきません。や、不可抗力、不可抗力だよ。
イザにゃんを着替えさせながら、臨也が家を出る時にやけに小言を残していったことを思い出した。
『戸締まりしっかりね。できれば外出して欲しくないんだけど、するなら明るい内にして。近道だからって裏路地とか入っちゃだめだよ?』
そういえば昨日ドタチンからも帰ったあとに電話があって、最近物騒だから気を付けろよとか言われた。
静雄もその電話の内容を聞いて気を付けろと言ってくれた。
(イザにゃんもいるし、夕方には帰るようにしよう)
三人とも心配してくれてるしね。
玄関でイザにゃんに帽子を被せて、家を出た。
イザにゃんを近くの公園で遊ばせて、そういえば静雄がプリンを食べたいとぼやいていたことを思い出した。
最近イザにゃんや臨也に精一杯で、静雄にかまってあげられなかったからなぁ……。よし。
「イザにゃん、プリン買いに行こう」
「ぷりん?」
あれ、プリン食べさせたことなかったっけ。とても美味しいものだよ、と教えるとイザにゃんは目を輝かせて、行く!と大きく頷いた。
……その10分後にこうなるとは誰にも想像できないよね、多分。
「ねーちょっとでいいからさぁ」
「子連れとか気にしないし。そこのカフェに入ろうって、それだけじゃん?」
なんで、私なんだ。そう思わずにはいられない。
目の前には見るからに軽そうな男が2人、やたらしつこく私をお茶に誘ってくる。子連れの女なんか誘って何が楽しいんだか。
「本当にごめんなさい、時間ないのでこれで」
「つれないなぁ。あ、お財布が心配なら奢るよ?」
「ばっかお前、最初から奢るつもりでいけよ」
街中だから人だけはたくさんいる筈なのに、みんな素通りして助けてくれない。静雄や臨也だったら、助けてくれるのかな。
そこで私の足にしがみついてカタカタ震えているイザにゃんが視界に入った。だめだめ、この子のために、私がなんとかしなきゃ。
強く断って駄目だったら走って逃げようと決心した時、ちょうど男たちの後ろにこれまた見知らぬ男が立っていた。
「君たちナンパ?お子様連れに声掛けるなんてやるね」
「あ?なんだてめぇ」
「その人たちの身内」
言うやいなや男は今までしつこく私を誘っていた2人を殴りつけた。うわぁなんかかっこいい。なんて呆けていた私の手を引いて走りだす。いつの間にかイザにゃんはその人の腕に抱かれていた。
「ここまで来れば、大丈夫でしょう」
「あ、ありがとうございました!」
いえいえと手を振る男性に頭を下げる。それにしてもここどこだ?そんな遠くに逃げなくても、と走っている途中に思ったけど口を挟む余裕なんて無くて。
結局、どこかの裏路地に入ってしまったようだ。
ん?裏路地……?
「お礼には及びませんよ。まぁ、強いて言うなら」
臨也の言葉を思い出して、今の状況を認識するよりも早く、後ろから体を拘束されて口と鼻を布で塞がれた。
「ご一緒に、お茶でもどうですか?」
「かなで!」
男の言葉とイザにゃんの声が耳に届くよりも先に、私は意識を手放した。