子猫との日常 | ナノ


「ほら!一回でいいから、ね?呼んでみてよ」

「……いやだ」


リビングで私と静雄が対面している。しかしそれは喧嘩というよりは私のお願いを静雄が頑として断っている、という状況で。


「だっていちいちチビって呼ばれてるの見ると可哀相なんだもん。ねぇお願い!一回だけでいいから、イザにゃんって呼んであげてよ」


お願いの内容は、まぁこの通りである。私がどうしても!と手を合わせるのを見て、静雄はがしがしと頭をかいた。


「仕方ねぇ……」

「言ってくれるの?」

「一回だけだぞ。それ以降は絶対呼ばねぇ」

(てか、上目遣いとかすんなよ……可愛すぎるだろ)


コクコクと首を縦に振ると、静雄は何故か私の頭を撫でて、少し深呼吸をしてイザにゃんを見た。


「い、」

「い?」

「い……い、いいいイザにゃんっ…………」

「ぶふーっ!!!!!」


頬を染めて名前を呼んだ瞬間、リビングのドアから吹き出す声が聞こえたのでそちらを見ると、臨也が口に手を当てて体をプルプル震わせていた。
静雄は赤かった顔を更に赤くしてがばりと立ち上がる。


「ノミ蟲!いつからそこにいやがった!」

「ちょっと前?シズちゃんが言いそうな気配だったからさぁ、黙って聞いてたんだよ。おかげで超レアなもの聞けたよ!もう……思い出しただけでっ、ぶっふ!あっはははは!!あ、ちなみに携帯で録音しちゃった」


ケラケラと笑って臨也が携帯電話のボタンを押すと、さっきの静雄の吃りまくりの声が流れた。
ミシリ、と何かが軋む音。あ、やばいぞ。


「その携帯と一緒にお前の記憶も消してやるよ……」

「そんなことさせる訳ないじゃない。それよりシズちゃん、右手右手」

「あ"ぁ?…………あ」

「静雄、ペナルティね。お風呂掃除してきて」


静雄が手をかけていただけの椅子の背もたれに、静雄の指が食い込んでいる。さっきの軋む音はこれだったのだ。ああ、やっぱりね。
それを見て更に笑う臨也に、私はぴしゃりと言い放った。


「臨也もペナルティ。お買い物行ってきて」

「えっ俺も?」

「静雄煽ったでしょ」

「えーじゃあ俺風呂掃除するからシズちゃん行かせてよ」

「……今日の晩ご飯はお鍋にしようと思ってたのに」

「いってきます」


本当に鍋好きだよね、と内心呟く私は鍋に関して臨也に何があったか知る由もなく。
さらさらとメモに買い物リストを書いて渡し、臨也は買い物に出かけた。












「ん……?」


俺が家を出ると、2人の男が電信柱の影に立っていた。ここは一軒家が並ぶ住宅街。立ち話をしているようだが、こんな所で?
とにもかくにも、その男たちはこの場所において何か浮いていた。


「今日はシズちゃん休みだから大丈夫だと思うけど……一応帰ったら調べるか」


思わぬ仕事ができたが、リストを見ながら今日はしゃぶしゃぶかぁと足取りを軽くしてスーパーへ向かった。










「くそっ……ノミ蟲、今度街で会ったら一回殴る!必ず殴る!てか殺す!」


風呂掃除をしながら、俺は自分でも物騒だと思う言葉を吐き続け、行き場の無い怒りを堪えてバスタブをスポンジでごしごしと擦っていた。

無心でやろうと努力はするのだけど、どうやっても臨也の笑い声と顔が浮かんでしまう。
いつか奏が掃除は心を綺麗にするんだよと言っていたが、そうとは限らないもんだ。


「…………あぁ?」


シャワーを取ろうとしたら、バキッという歪な音がしたので自身が伸ばした腕の先を見ると。


「マジか、おい」


……勘弁してくれ。
俺は盛大なため息をついた。
自分の手はシャワーの少し横の壁にめり込んでおり、壁のタイルにはピシピシとひびが広がっている。
穴が開かなかったのは不幸中の幸いか、でもどっちにしろ怒られんだよな……。

ペナルティを課せられることよりも、奏にまた迷惑を掛けたことが申し訳なくて、俺はがっくりと肩を落とした。










「たっだいまー」


俺が家に帰ると、玄関に見慣れない靴が一足並んでいた。誰だ?と若干の警戒心を抱きながら靴を脱ぐと、廊下の奥、風呂場から奏がパタパタと駆けてきた。


「おかえり。ありがとう」

「この靴、誰?」

「ああ……ドタチンだよ」

「ドタチン?」


なんで?と聞くと奏は苦笑しながら経緯を話してくれた。

なんでも風呂掃除をしていたシズちゃんが壁のタイルを壊してしまったらしく、元々“そういう系”の仕事をしているドタチンに連絡を取ったところ、都合が合いすぐに来てくれたらしい。


「静雄のこと責めないでね。なんかすごく反省してるし、修理代も出してくれたから」

「ふーん……」


なんだか少し面白くない。
適当に頷いてからちょっと仕事してくる、と自室へ向かった。


「さて……と。どこから探ろうか」


俺はパソコンの電源を入れ、ファイルからあるリストを選んでクリックした。



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