朝階段を降りると、不思議なものを発見した。
「殺人現場……?」
「しずお、しんでる」
私とイザにゃんがそう言うのも仕方がないと思う。
玄関から続く廊下に、静雄がばったりとうつ伏せに倒れて死んだように眠っていたのだから。
昨日はトムさんと飲んでくると言っていたから、酔って帰ってきてここで寝てしまったのだろう。
それにしても大の男が廊下で横たわってると邪魔なことこの上ない。
「静雄、起きて」
「んん、……」
ぺちぺちと頬を叩いても唸るだけで起きる気配は無い。……駄目だこりゃ。
「イザにゃん、私顔洗ってくるから静雄起きるようにちょっと頑張ってくれる?」
「わかった!」
元気よく返事をしたイザにゃんの頭を撫でてから洗面所へ向かう。
戻って起きてなかったら放置決定。踏まれても文句は言うな。
「ふぅ……」
顔を洗い終わり、タオルで拭いていると廊下からふぎゃあっ!と今まで聞いたことのない声が聞こえてきた。
「イザにゃん!?」
「うぅ〜かなで〜……」
慌てて廊下を覗くと、静雄にがっちりホールドされたイザにゃんがわたわたと片腕を振って助けを求めていた。
……忘れてた。
静雄は寝呆けてると抱き癖がつくんだった。起こしに行くと途中で腕を掴まれて、気付くと静雄の腕の中に収まっている。そして中々離してくれない。
無意識なだけにたちが悪いんだよなぁ。
「ん、ふわふわする……」
イザにゃんに頬擦りして更に抱き寄せる静雄。
やばい。こんな静雄滅多に見れないていうか可愛いかわいいかわいいなんだこのでかい子供。
イザにゃんには悪いけど、もう少し見ていたい。
静雄は気持ちいい……とまた呟いて、あぁわかるよイザにゃん抱くとふわふわしててむにむにしてて柔らかくて温かくて気持ちいいんだよね。
「可愛いなぁ……」
「どうでもいいけどさ、助けてあげなよ」
「っ!い、臨也……」
びくりと声をした方を見ると、臨也が不機嫌そうな顔で立っていた。
「いざやぁ……」
「よしよし、可哀相に。いま助けてあげるからね」
先日の一件から、臨也はイザにゃんに対して態度ががらりと変わった。
良く言えば面倒見がよくなり、悪く言えば過保護になった。もう溺愛。ぶっちゃけ、ちょっとウザい時があります。
「ん〜……」
「寝てるのになんでこんな力強いのこの人……」
静雄の腕をどかそうとするけれどなかなか離れない。臨也は仕方ない、と静雄の耳元に口を寄せた。
「俺のこと抱きしめるとか、シズちゃんってそんな趣味あったんだー。うっわ最悪ーシズちゃんのへんたーい」
言い終わった瞬間、静雄は目を見開いて手をぱっと話した。その隙に臨也がするりとイザにゃんを抱き上げる。
「はい、救出完了」
「臨也……ぶ、ころす……」
静雄が起きたのは一瞬だけだったらしい。いくつか物騒な言葉をブツブツ言いながらまた寝息を立て始めた。
「夜中に帰ってきたのは知ってたけど、こんな所で寝られたら邪魔だよねぇ」
「夜中って、何時ごろ?」
「3時くらいかな?まぁ、2階に上がってくる気配が無かったから下で寝てるとは思ってたんだけどさ」
「3時って……臨也そんな時間まで起きてたの?」
「ちょっと仕事が立て込んでね。一区切りついてやっと寝たんだけど、見事に起こされたよ。てな訳で、もう少し寝てくる」
もう捕まらないように気を付けなよ?とイザにゃんの頭をぽんぽんと撫でて臨也は部屋に戻って行った。
やっぱ波江さんが傍に居ないと大変なのかな。場所は変わっても仕事は分担してやってるから、と前に言ってたけど、その場で指示できないのは何かと不便だろう。
(今は寝かせてあげるのが一番いいよね)
静雄も臨也も起きたらすぐにご飯食べられるようにしとこう。
「よし!イザにゃん、静雄と臨也の為にご飯作ろっか」
「うん!」
にっこりと笑ってリビングに向かおうとしたら、
「ふぶっ」
「あ、」
さりげなく静雄の背中を踏んでしまった。や、わざとじゃないよ!?自分の頭の中ではちゃんと足上げて跨いだつもりだったんだよ!!
「お、起きた……?」
「いざ……しね…………」
あ、勝手に臨也に変換されてる。良かったぁ。でも臨也不憫。ごめん。
そっと跨いでイザにゃんを抱き上げようと手を伸ばしたら、イザにゃんはなんの躊躇もなく静雄の上に乗った。また静雄から小さな声が漏れる。
「かなでは、こうしたよ?」
きょとんと首を傾げてイザにゃんは言った。子供って何でも真似したがるから恐いです。
慌てて静雄の上からどかして、このことは秘密ね、と言うとイザにゃんはひみつ!と自分の口を塞いだ。あああでも可愛い!
その後起きた静雄が体が痛ぇとぼやいていたのに対して、廊下で寝たからだよと笑顔で答えてあげた。
(なんか、ムカつくことを言われた気がすんだよな……)
(えっ……夢じゃない?)
(ねぇ、しずおってへんたいなの?)
(あ?)
(さっきいざやがへんた、)
(あーご飯!ご飯あるよ!食べる!?)