子猫との日常 | ナノ


「風邪、ではないと思う」


新羅が聴診器を首に下げて言った。セルティもいて、イザにゃんを心配そうに?見ている。

やっぱりイザにゃんのことが気になった私は、新羅の所へ連れてきた。
けれど元気が無いように見えるだけで、熱もなく、脈も正常。診察してもらったけど新羅は風邪じゃないと言う。


「なら、どうして……?」

「臨也が言ったように疲れがあるのかもしれないね。慣れない環境に付いていくのに必死で、その疲れが今出たのかも」


そっか。そう頷きながら、私はどこか心の中で納得できないでいた。
ただの疲れでこんなに引き摺るものなのかな?それに、イザにゃんの場合“疲れてる”というより“弱ってる”ような気がする。

そう感じていたのは新羅も同じようで、イザにゃんに柔らかな笑顔を向けた。


「何か、いやなことあったのかな?」

「ない……」

「私が聞いてもないって言うの。……ねぇイザにゃん、本当にないの?」


私も尋ねるけど、俯いて首を振られてしまった。
その様子を見て、新羅がイザにゃんを抱き上げる。


「よーし、じゃああっちで僕と二人でお話しよう」

「えっ、ちょっと新羅?」

「奏は適当に寛いでて」

〈こんな時に、まさか解剖とかしないよな?〉

「酷いなセルティ!本当にお話するだけだよ」


そう言うと、任せてよ、とでも言いたげにウィンクされた。

…………これは新羅に頼った方が良さそうだ。
そう思った私は、落ち着かないまま出されたコーヒーを啜った。











新羅とイザにゃんは30分ほどして戻ってきた。よく見るとイザにゃんの目が少し腫れている。
何かあったの、と聞こうとした私に新羅はしーっと人差し指を立ててまた柔らかく笑った。


「僕とのお話は終わったから、今度はセルティに遊んで貰おうか」

〈私か?構わないぞ〉


新羅の視線から何か汲み取ったのか、セルティはイザにゃんを連れて自室へ行ってしまった。
なぜリビングで遊んでやらないのか不思議に思ったけれど、次の新羅の言葉で私は納得する。


「まぁ原因はわかったよ。もっとも、君にはあまり知られたくないみたいだけど」


人が本気で隠したがっていることを目の前で話す奴はいない。
だからセルティはここを出て行ったのか。そう思うと、新羅とセルティの愛の力を実感する。言えば話がズレそうだから言わないけど。


「確かにイザにゃんは疲れてる。でもそれは環境の変化だけではなく、もっと精神的なものからきてた」

「どういうこと?」

「あの子が元気無くした頃、臨也が来たんだろう?」


やっぱり臨也に何かされたんだ……!
あいつ……家帰ったら聞き出してやる。

私の怒りが余程表情に出ていたのだろうか、落ち着いてと新羅は苦笑した。


「子供は周囲の雰囲気に敏感だからね。特にイザにゃんは動物の性質があるからか知らないけど直感的なものが鋭いし。臨也にとっては隠していた気持ちも伝わってしまったんだろうね」


臨也が隠していた気持ち?
それって何?……なんだか、知りたいけど知りたくないような……。


「でも、イザにゃんは臨也は悪くないって言い張るんだ。臨也は優しくしてくれる。悪いのは自分だって」


だけどね、と新羅は続ける。


「耐え続けてたせいであの子の精神は擦り傷だらけだ。ああいう子は自分よりも他人を守りたがる。自分が傷付いてることさえ分からないまま」


私は言葉が出なかった。
ようやく出した声は、想像以上にか細くて。


「なんで、言ってくれないの?」


何度聞いても答えてくれなかった。臨也のことなら私か静雄に言えば良かったのに、言ってくれなかった。
どうして……?

こんなに、想っているのに。


「だからだよ」

「え?」


いつの間にか下がっていた視線を上げると、にこりと新羅が笑っていた。


「奏と静雄は前にイザにゃんのことで喧嘩したらしいね。イザにゃんは、自分が原因で奏が臨也に怒るのが嫌だったんじゃないかな」


あ……。
そういえば臨也のマンションで喧嘩した帰り道、自分のせいで喧嘩したのかと言ってイザにゃんが足を止めたことを思い出した。


『ぼくのせいでけんかしてるとおもったら、かなしかった……』


そう言って俯いたあの子は、今にも泣きだしそうな顔をしていて。

バカ、別にイザにゃんのせいじゃないのに。


「まだまだ、家族とは言えないなぁ……」


はぁ、と深く息を吐き出して苦笑した。新羅は何々?と眼鏡をかけなおす。

そんな気を遣わせてる内は、家族なんて言えないよね。イザにゃんに一つ言うことが出来たな。


「今日は私もイザにゃんもすっきりしたよ。ありがと、新羅」


それからセルティとイザにゃんを呼んで、もう一度新羅とセルティにお礼を言ってマンションを後にした。

イザにゃんも目の腫れが引いて、少し元気を取り戻したようだ。
繋いだ手を小さく振りながら、私はイザにゃんに笑いかける。


「イザにゃん」

「なぁに?」

「今日は、私と一緒にお風呂入ろっか」

「かなでと?やったあ!」


久しぶりに見た心からの笑顔に安心して私もなんだか温かくなって。

そんな時、私たちは聞き慣れた声とガシャーンという金属音を聞いた。…………空気読めよ。


「臨也てめぇちょこまかと逃げ回るんじゃ、ねぇよ!」

「おっと。だって逃げなきゃ死んじゃうじゃん」


遠巻きに見ている人に混じって通りを見ると、静雄と臨也が対面して立っていた。臨也の周りには既に自販機2台とコンビニのゴミ箱が転がっている。


「それにしても今日はしつこいねぇ。何かあった?」

「うるせぇ!全部てめぇのせいなんだよ。普段から我慢してんだ、家の中で喧嘩は駄目でも、家の外ならいいよなぁ?」

「へぇ、シズちゃんにしてはいい屁理屈こねるじゃない」

「てめぇと一緒にすんな!」


そう言って静雄は近くにあった道路標識を引っこ抜いた。
そういや家の中は制限してたからな。お互い、特に静雄はストレスが溜りに溜っている筈だ。


(ま、家の外ならいいか)


こんなことを考える私はダメ人間だろうか。いやいや、家が壊されるくらいなら外で暴れてもらった方がいいに決まってる。

そんなことをぼんやり考えていたからかもしれない。力の弛んだ手から、するりとイザにゃんの手が抜けた。


「え?」

「うらぁあぁああぁ!!!!」

「だめぇっ!!!!!!!」


静雄の手から標識が離れるのと、臨也の前にイザにゃんが立って叫んだのはほぼ同時だった。



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