私が早く帰ると、イザにゃんが駆け付けて来て、思い切り突進される。という日が3日間続いた。
その度に、ぎゅうっと力を込められていることに気付いて頭を撫でながらイザにゃんに尋ねてみるのだけど、
「どうしたの?何か嫌なことあった?あ、臨也にいじめられた!?」
「………………」
イザにゃんは無言で首を振るばかりで、何も答えてくれない。
なんだと言うのだろう。3日前から何かが変だ。
「あぁ、おかえり」
「臨也、今日もイザにゃんの様子がおかしいんだけど?」
「そう?きっと今になって疲れが出たんじゃない?」
そう言ってイザにゃんの頭を撫でる臨也からは、イザにゃんをいじめるような気配はない。
やっぱり疲れてるのかな?そう思って今日の晩ご飯はさっぱりしたものにしよう、と考えた。
……いざやはやさしい。
(でも、こわい)
臨也と初めて会った時、何か電流が走るような嫌な感じがした。
それからは例え臨也が笑顔であろうと、ぞくぞくとした得体の知れない悪寒が走るのだ。
でも、臨也はちゃんと自分の面倒を見てくれる。
お腹が空いたと言えばご飯を作ってくれるし、絵本で読めない字があれば教えてくれる。
だけど、だからこそ。
その度に、痛いほど感じる。
(いざやは、ぼくのこと、すきじゃない)
それが今日、はっきりと分かった。
今日、臨也に再び聞かれた。
「君、俺のこと嫌いでしょ」
だからイザにゃんはその素直さゆえに、勇気さえも素直さで補えてしまうほどはっきりと言ったのだ。
「いざやは、ぼくのこときらいなの?」
いくら素直だと言っても怖かったし、何より悲しかった。こんなこと、奏にも静雄にも、新羅にも聞いたことが無い。それは聞く必要がなかったからだ。
臨也は少し驚いたように目を見開くと、小さな男の子には残酷すぎる言葉をあっさりと言ってのけた。
「嫌いだね。……気に入らないよ、本当に」
それは、明確な嫌悪を表していた。今までの霧のような掴み所のない嫌悪感ではなく、矛先をしっかりとイザにゃんに向けた、痛いほどの悪意。
「どうして……?」
「どうして?そんなの決まってるじゃない。君が現れたことによって奏とシズちゃんの距離が一気に縮んだからさ」
イザにゃんが理解しているかなんて気にしないまま、臨也は自分の意見を続ける。
「君が来たら二人の間にあるものが益々強くなったっていうか、太くなったっていうか……。知ってる?夫婦の間に子供が居るか居ないかで離婚率は変わるんだよ。今のご時世は余り分からないけど。ていうか俺は二人を夫婦だなんてこれっぽっちも思ってないんだけどさ」
「取り敢えずさ、元々好ましくない関係が君によってより強固になったわけだ。君たち三人を見てるとイライラするね。家族ごっこも大概にしなよ。君も、奏も、シズちゃんも。所詮は赤の他人、そう、他人だよ」
臨也が言っていることはあまり分からない。けれど、その吐き出される言葉は確実にイザにゃんを拒絶していた。
そしてイザにゃんはそれを肌で、心で感じてしまう。
「勝手に人の家に上がり込んで、勝手に奏とシズちゃんを結び付けて。俺は人は愛する主義だけど、君は別にいいよね?どう見たって人間ではないし」
一通り話してから気が済んだのか、臨也はまたいつも通りの笑顔を浮かべた。
「でも安心して。奏が君を大事にする限り、君には乱暴しないよ。商売道具にもしない。奏と約束したからね」
そう言って優しくイザにゃんの頭を撫でて、臨也は自室へ戻ってしまった。
イザにゃんはその場一人に立ち尽くすばかりで、ただ辛そうに耳を垂れた。