「へぇ、そんなことがあったんだ」
仕事の帰りに寄った新羅のマンションで、私はため息をつきながら頷いた。
新羅はそんな私を見て苦笑しながら励ましてくれたけど、正直、これから臨也がどう絡んでくるのか想像するだけで、体の内側からずしりと重くなる。
「ま、臨也のことなんて考えてもどうしようもないよ。あいつは予測不可能な何かをやらかすのが天才的だし」
「それは……そうだけど」
臨也の性格や癖は知っていても、臨也が考えてることというか、臨也がしようとしていることは未だに分からない。
いや、全てわからない訳じゃなくて……普段の生活での臨也は割と分かるんだけど、なんて言うのかな……。
『情報屋』としての臨也というか、とにかく怪しい雰囲気の時の臨也は全く読めない。
「あんまり悪いこととか危ないことしないで欲しいんだけどなぁ」
「昔から思ってたけど、奏って臨也のお母さんみたいだよね」
「だってあの細っこい臨也だよ?静雄ならともかく、あいつがナイフで刺されたら簡単に死ぬでしょ」
「……静雄かわいそー」
ぼそりと新羅が呟いたけれど私は聞かないフリをした。だって事実だし。それに、裏を返せば静雄なら大丈夫って信頼してるということだ。
「せるてぃかえってきた!」
突然ピン、と耳を立ててイザにゃんが言った。
昨日の、コロッケ何それおいしいの発言から私と静雄がそれなりに調べた結果、どうやら五感は猫のそれに近いらしい。耳は人間よりいいし、夜目がきく。何より猫舌だった。うん、可愛い。
そしてイザにゃんが言った通り、数秒してから玄関の開く音が聞こえセルティが部屋へ入ってきた。
「おかえり、セルティ」
〈奏、あの……今日臨也に会ったんだが、……どういうことなんだ?私はイザにゃんが臨也とばかり……〉
冷静なようで混乱しているセルティ。……可愛い。うわ、今めっちゃ新羅みたいだった、自重しよう。
私はごめんね、と間違った情報を教えたことを謝ってから、極々簡単に昨日のことを教えた。
「まぁ、詳しい話は新羅から聞いて」
〈そうだったのか……。なかなか大変だな、奏も〉
「慣れてるから、平気だよ」
苦笑しながら手を振った。私だって伊達に小さな時から臨也と一緒にいる訳じゃない。中学に入ってからは新羅、更に高校に入ってからは静雄とも一緒に居たんだ。面倒ごとには慣れている。
「かなで、おなかすいた」
「そうだね。あまり長く居ても迷惑だし、もう帰ろうか」
〈別に構わないぞ。なんなら夕食を食べて行くか?〉
「んーん、いいよ。うちにはもう一人でかいのがお腹空かせて帰ってくるし。それにほら、2人の時間を邪魔しちゃいけないし?」
からかうように言うと、新羅は「さすが奏だね!僕達に甘い時間を提供してくれるなんてぶふぇっ」と殴られ、セルティは照れているのか無駄に新羅を殴っていた。
そんな2人に手を振ってマンションを出る。すっかり馴染んでしまった帰り道、何故か背中がぶるりと震えた。
「かなで?」
「なんでもないよ」
………………なんだか嫌な予感がする。
その予感が当たらないようにと、心の中で切に願いながら、少しだけイザにゃんを握る手に力をこめた。