子猫との日常 | ナノ


まさかこんな形で挨拶というか報告をするとは思わなかった。正座をする静雄はこれでもかと言うほどに拳に力を入れている。私に指輪を渡す時によく似たその拳に、私はそっと手を重ねた。少しは、力、抜けたらいいんだけど。

大きく息を吐き出して、静雄は口を開いた。


「俺は、今まで奏と付き合ってきました。今では一緒の家に住んでいて、一緒に飯を食べたり、一緒に寝たりしてます」


お父さんもお母さんも、静雄の話を黙って聞いていた。


「そうして一緒に時間を過ごしている内に、俺は思うようになりました。奏ともっと一緒にいたい、ずっと一緒にいたいって。俺が傍にいてほしいと思うのは、奏だけなんです。だから、昨日、指輪を贈りました。奏は、受け入れてくれました」


鞄に入っている指輪を思い浮かべる。少し緩い、でも大切な大切な指輪。
静雄は、重ねていた私の手をぎゅっと握ると、今までより強く声を発した。


「俺、不器用で色んなもの壊しちまうし、頭も悪くて、とてもよくできた人間とは言えません。でも、奏を大切にしたいという気持ちは、愛してるという気持ちは、誰にも負けません」



「奏を、俺にください」



今時このセリフを言う人はいるのだろうかという押しの一言。でもそれがどうしようもなく静雄らしくて。きっと私は、静雄のこういう真っ直ぐで真っ直ぐ過ぎるところが大好きなんだ、なんて一人場違いなことを考えていた。

ほんの少しの沈黙。最初に口を開いたのは、お父さん…ではなく、お母さんだった。


「なんて熱い告白なんでしょう!妬けるわねぇ」

「「……は、」」

「お父さんの若い頃そっくり。ねぇ、お父さん?」


あまりにのほほんとした言葉に、私と静雄は口を開いたまま硬直状態だ。あの、お母さん、この場面でお花を纏ったようなオーラを出さないでくれるかな…?
同意を求められたお父さんも照れたように頷いているし…ちょ、静雄は真剣に話してるのに!


「お父さん、お母さん、いい加減に…」

「奏のこと、よろしくお願いします」


突然、お父さんは頭を下げた。その声はやっぱり穏やかだったけれど、いつもとは違う何かを含んでいて。


「私たちはこの子に家族の温かさをあまり教えてあげられなかった。これからは静雄くんが、本物の家族を奏と作っていってほしい」

「静雄ちゃんなら、奏を安心して任せられるわ」


お父さんもお母さんも、笑顔で結婚を承諾した。その事実に私と静雄は顔を見合わせる。それから、二人で声を揃えた。


「「ありがとうございます!!」」


ああもう、幸せ過ぎてどうにかなりそう──…!










その日の夜は、宴会のようなものだった。レンタカーを返しに行くついでに大量の買い物をし、津軽が腕を奮ってたくさんのご馳走を作り上げた。みんな、何だかんだでお父さんともお母さんとも仲良くなっていて、イザにゃんとサイケは両親のことを


「おじいちゃん!」

「おばあちゃん!」


なんて呼ぶ始末。呼ばれた本人たちは「一足先に孫ができたようで嬉しい」と溢し、「楽しみにしてるよ」と言われれば私も静雄も赤くなる他ないわけで。

ただでさえ大人数で埋まるリビングは、人も料理も雰囲気も全て相まってはち切れんばかりの賑わいだった。


「それにしても津軽ちゃん、お料理上手ね。今度、一緒にお菓子作りしたいわ」

「ええ、是非」

「ぼくもいっしょにつくりたい!」

「おれも!」

「みんな一緒ね。何を作ろうかしら。あら、日々也ちゃん、あなたもこちらにいらっしゃい。日々也ちゃんもお料理上手だものね」

「あ…はい、ありがとうございます…!」



「こいつには、俺の悩みとかすごく聞いてもらってて。いろいろ助けてくれたんすよ」

「よせやいシズ、照れるだろー」

「いや、デリックくんは私から見ても、聞き上手で話上手だと思うよ。いつか、私の愚痴を聞いてもらおうかな」

「全然構わないっす!俺で良ければ!」


あちらこちらでわいわいと話している目の前の人たちに、私はただ感心するしかない。元は違う世界の住人同士が、ここまで交流しているなんて。なんとなく八面六臂を思い出して、彼もここにいたらどうなっているのだろうかと少し想像した。


「きっと、また恥ずかしがるんだろうな…」

「え?何か言った?」


一緒に食器を洗っている臨也が首を傾げる。ううん、と首を振って、再び手元の皿に視線を戻した。


「奏は今日の主役の一人なんだから、あっちにいればいいのに」

「いいんだよ。もうこれ、ただの宴会だし。津軽もお母さんに捕まっちゃってるしね」


苦笑しながら皿の泡を洗い流す。臨也こそ、もっとみんなの輪に入っていけばいいのに。そう溢すと、臨也は小さく笑った。それがなんとなく寂しそうで、私は臨也の顔を見つめた。


「臨也?」

「…俺がどうして、無理矢理一緒に住んだか知ってる?」

「え、と……確かイザにゃんに興味があるからとか…」


記憶を掘り起こして答える。今思えば上手く言いくるめられたなあとか、やっぱり強引だったよねとか、いろいろ思う節があってなんだか笑えてきた。くすくす笑う私を見て、臨也は肘で私の腕をつついた。はいはい、恥ずかしいんだね。


「違うんだよ」

「何が?」

「にゃんこに興味があったのは事実だけど…実はもうひとつ、理由があったんだ」


臨也はまるで自嘲するように笑う。


「…………嫉妬だよ」

「え?」

「嫉妬してたんだ。シズちゃんに。奏とシズちゃんとにゃんこを見て…まるで家族のような三人を見て、シズちゃんだけずるい、俺も俺も!…って」

「臨也…」

「小学生みたいだろ?俺が間に入れば、奏とシズちゃんの仲を邪魔する絶好の機会だなんてことも考えて」


臨也の言葉を聞きながら、スポンジがお皿の上を滑るのをぼうっと見ていた。まさかそんな理由があったなんて。確かに小学生のような理由だ。嫉妬心で一緒に住めちゃうのはすごいけど。
自嘲するような笑みからは一変、今度は優しく微笑んで、臨也は続けた。


「でも今は違う。羨ましいとか、邪魔しようとか。そういうことに関係なく、ただみんなと一緒にいたい。奏が愛しいし、違う世界のあの子たちも愛しい。そんな中にシズちゃんがいるならまぁ、少しくらい好感度を上げてやっても構わない」

「ぷっ……なぁに、それ」


相変わらず素直じゃないこと。どこまでも真っ直ぐなところが静雄らしさと言うなら、どこまでもひねくれているところが臨也らしさと言えるんだろう。真っ直ぐな道でも凸凹している所はあるし、回り道でもたくさんのものを得ることができる。そうして私も静雄も臨也も成長してきたんだと思う。二人は対照的なようで結構似ていると言えば、きっと二人とも怒るんだろうな。


「だから、今なら言えるよ。心から」

「何を?」

「結婚おめでとう、奏」


しっかりと私の目を見て、臨也は笑った。それは多分、今まで見たどれよりも大人びていて、だけど小さな頃を思い出させるような純粋さも含んでいて。
言い知れない感動が胸を震わせる。あ、なんか嬉しいかも。両親に結婚を許可された時くらい、じんわりと胸が熱くなった。臨也におめでとうって言ってもらえたことが、こんなに嬉しいなんて。


「ありがとう」

「幸せにならなかったら、俺の所においで。フリーかどうかはわからないけど」

「何言ってんの」


もう、お互いに束縛するようなことはしない。うん、私も臨也も、ちゃんと成長してたんだね。

二人で笑いながら残り少ない食器を洗っていると、不意にくいくいっとスカートを引っ張られた。


「どうしたの?お母さんたちとお話してたのに」

「かなでもいっしょがいい」

「あらあら」

「かなでもいっしょが、いい。いざやもいっしょ」

「にゃんこ…」

「みんないっしょが、いちばんたのしいよ」


ほわりと笑うイザにゃんに私も臨也も笑いながら頷く。うんうん、イザにゃんの言う通り。みんな一緒が、一番楽しいよね。その中に大切な人がいるなら、尚更。

その小さな手に引かれるままに、私たちもみんなの元へ向かった。






(ゆっくりゆっくり)


成長していけばいい。





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