「お父さん、お母さん…」
「久しぶりね、奏。それにしても…誰が臨也ちゃんで、誰が静雄ちゃんなのかしら」
お母さん、注目する視点が微妙にズレてます…!
にこにこ笑う私の両親は、この大所帯を見ても大した驚きは見せなかった。さすがと言うべきか、やっぱりと言うべきか、とにかくこういう人たちなのだから仕方ない。
それでもやっぱり、帽子を取ったイザにゃんには少なからず驚いたようで、
「まぁまぁまぁ!お父さん見て、可愛らしい」
「それは偽物じゃあなかったのか。へぇ、確かに可愛らしいねぇ、母さん」
……それでもやっぱり、すぐに順応してしまったのだけれど。
ガチコチに固まるイザにゃんを抱き上げて、とりあえず私たちは家の中に入った。リビングで、私の両親と静雄たちが向かい合うように座る。
「お父さんもお母さんも、帰ってくるならどうして先に言ってくれなかったの?」
「あら、だって突然帰りたくなってしまったんだもの。それに、奏を驚かせようと思って」
「そしたら家はもぬけの殻だ。休日だからどこかに出掛けていると思って、待っていたんだよ。そうしたら、こんなに大勢引き連れて帰ってくるんだもんなあ」
で、君たちは静雄くんや臨也くんの親戚か何かかい?とお父さんは実にゆっくりと、それでも今までよりは確実に核心に近い部分に触れてきた。隣に座る臨也と目配せをして、二人でため息をつく。…見られてしまったのだから、誤魔化す必要はない。
「まあ、親戚…みたいなもので、今は訳あって一緒に暮らしてる」
「だと思ったわ。食器や靴が明らかに増えてるものね」
嘘をつかないで良かった、と安堵する。お母さんはおっとりしているくせに、妙に鋭いところがあるから。
「ということは、その子も臨也ちゃんの親戚の子?」
臨也の膝の上で怯えたように縮こまるイザにゃんに視線を向けて、お母さんが首を傾げた。臨也はそうですよ、と当然のことを告げるように口を開く。
「少し遺伝子に異常があってこのような外見をしています。その為にこの子は複雑な家庭の子で……」
だから、奏に面倒を見てもらえないか俺が頼んだんです。と飄々と嘘をつく臨也。いつもは憎らしいとまで思えるその口先と頭の回転に、今は心から感謝するしかない。案の定私の両親はすんなりその虚構を受け入れて、「可哀想に…」などと涙を浮かべている。…我が親ながら、なんとも騙されやすい性格をしていると思います。
「じゃあ、えーっと、いち、に、さん……八人で今は暮らしているのかい?」
「うん」
「すごいわねぇ」
お母さんが感心したように息を吐き出した。私もすごいと思う。だって最初は、この家には私一人しかいなかったんだもの。それが、一年かそこらの内に、八人。
「お名前を教えてくれる?」
「名前…は、えっと」
「みんなニックネームを持っているんですよ。例えばこの子は猫耳が生えているので、イザにゃんと言います」
いきなり悩みのど真ん中を突き抜けたのは臨也だった。だけど、うん。上手いかわし方だよ!イザにゃんは例の人見知りによって臨也にしがみついているけれど、紹介されるとちらりとお母さんとお父さんに目線を向けた。
「で、お分かりでしょうが俺が臨也です」
「あ…俺が静雄っす」
臨也とは反対の隣に座っていた静雄が何やら緊張した面持ちで小さく手を挙げた。そうだよね、昨日の今日どころか朝の夕方でこんな状況だもの。きっと余計に意識しているに違いない。
静雄が言い終わったあとに津軽へ顔を向けると、津軽はこっくりと頷いた。
「俺は津軽です。こちらはサイケ」
「サイケです!」
「で、俺がデリックって言います」
「僕は日々也と申します」
「俺たちも事の成り行きで…奏さんには常日頃からお世話になっています」
津軽が頭を下げるのと同時に、サイケたちも倣って頭を下げる。
よーしみんな完璧です!
お母さんとお父さんも、こちらこそと軽く頭を下げる。そっくりな顔や瞳の色に深入りしないとは本当に別の意味で恐ろしい。
「で、今回は一体何日間こっちにいるつもりなの?」
「ああ、そんなに長くはいないよ。明日には帰るさ」
「えっ、明日帰っちゃうの?せっかく遠いところから来たのに、今日と明日しか、ここにいないの?」
「こら、サイケ」
「いいのよ。そうなの、私たちあまり長くはいられないの。だから、サイケちゃん…だったかしら?今日はたくさんお話しましょうね」
「うんっ」
「臨也くんや静雄くんとも話がしたいな。一緒に暮らしているんだから、話のネタはいくらでもあるだろう。普段の生活から、色恋沙汰までね」
「ちょっ…お父さん!!」
しれっと爆弾発言するんだから!はっはっはっと大らかに笑うけれど全然笑えない!笑えないからね!?
思わず腰を上げた私の横で、静雄がはっきりと、それはもう力強く言葉を発した。
「奏のお父さん、お母さん。本当に突然なんすけど、大事なお話があります」
見れば、静雄は正座をしていて真っ直ぐ私の両親を見つめていた。え、待ってまさかこのタイミングで言うつもりじゃないですよね静雄さん?
場の雰囲気が一瞬で変わって、臨也の小さなため息が聞こえる。それから津軽がおもむろに立ち上がって、「失礼します」とサイケたちを連れてリビングを出ていった。臨也はもう一度ため息をついて、イザにゃんを抱いて日々也の後に続いた。
……どうやら私の予想は的中してしまったらしい。どうせ遅かれ早かれこの状況にはなると思っていた。…まさかこんなに早いとは思っていなかったけど。ああもう、どうにでもなってしまえ!
意を決して、私も上げていた腰を下ろし、静雄の言葉を待つことにした。