子猫との日常 | ナノ


「とりあえず、どこか落ち着けるとこ行こうよ。話したいことも、聞きたいこともあるしね」


人の家の前で待っていながらいけしゃあしゃあと。
今この状況で落ち着ける所なんて、私の家しか無いじゃないか。

でも、こんな時でも相変わらずの臨也のペースに私は少し落ち着きを取り戻していた。


「はぁ……いいよ、入って」


わざと聞こえるようにため息をついてから、イザにゃんの手を引いて家の鍵を開ける。

お邪魔しまーす、と能天気な声と共に臨也が家に入ってきた。


「奏の家も久しぶりだなあ」

「最後に来たのいつだっけ?高2か高3?……あ、イザにゃんまだ帽子取っちゃだめ」

「う?」

「へぇ……どうして駄目なのかな」


帽子を脱ごうとしていたイザにゃんに慌てて言うと、臨也が意地悪そうに笑った。
どうせ情報屋さんにはバレてるんだろうけど、一応念の為だ。


「まず私から聞いていい?」

「どうぞ」

「……何を、どこまで知ってるの」


単刀直入、正にそんな感じ。
誤魔化す必要も無いと思ったのか、臨也もすんなりと答えてくれた。


「シズちゃんが尻尾のようなものを下げた男の子を抱いて歩いていたこと、その後シズちゃんが奏の家に帰るようになったこと、同じ頃に奏が男の子を連れて歩くようになったこと……くらいかな」

「……本当に?」

「俺が奏に嘘ついたことあったっけ?」

「ない、けど」


ということはイザにゃんが一体どんな存在なのかまだ分かっていないということか。

でも、だからと言って簡単に教えてしまってもいいのかな。臨也のことだ、教えた所で何がどう転ぶか分からない。

でもそんな考えは臨也の予想通りだったようで。


「俺の知ってることは全部話したよ。だから、奏も知ってること全部話すべきだよねぇ?」

「その情報を、利用したり誰かに売ったりしない?」

「それは内容次第かな」

「じゃあ言えない」


こんなこと臨也に通用するはず無いんだけど。案の定臨也は焦った様子もなくハッと軽く笑った。


「じゃあ遠慮なく手を出させてもらうよ」


ずいっと体を乗り出して臨也はイザにゃんの帽子に手をかけた。
咄嗟にイザにゃんを引き寄せて阻止したけど、帽子を取ろうと思えば取れるんだよとでも言いたげに臨也は笑ったまま。

今更だけど……やっぱこいつ性格悪いな。

これなら話しても話さなくても結果は同じ、か。


「……わかった。話す、話すから、お願い誰にも言わないで」

「何でそんなに嫌がるのさ」


そんなの、決まってるじゃない。何でも知ってる癖に、どうしてわからないの。
目の前の情報屋にため息混じりに言う。


「イザにゃんがどこかの組織とかに狙われたり、好奇の視線に晒されるのは嫌だし、」

「ネブラとか真っ先に食い付いてきそうだよねぇ」

「臨也が何かに巻き込まれて傷つくのも嫌」

「…………は?」


臨也の顔から笑顔が消えた。これは本当にびっくりしている証だ。昔から、臨也はそうだから。


「臨也って只でさえ人から恨み買ったりしてるのに、イザにゃんのことで何かあった時に臨也にも迷惑がかかるのは、嫌」

「……そんなの、奏だって同じ状況じゃん」

「私はいいの。この子を守る為なら、独りにさせない為なら頑張れるし」

「シズちゃんは?」

「……あいつはイザにゃんを連れてきた張本人だから自業自得」


しれっと言うと臨也はぱちくりと瞬きをしてから大声で笑った。
イザにゃんがびっくりして小さくひゃ、と声を上げる。


「あはははは!やっぱり奏は面白いね、実に奏らしい理由だよ。でも予想できないから面白い!」

「え、と……」


これは褒められているのだろうか?なんだか複雑な心境だ。

臨也はひとしきり笑ったあと、まだ笑顔を残したまま言った。


「わかったよ。この子のことは誰にも言わないし、売らないし、利用もしない。約束しよう」

「ほんと?」

「俺が約束破ったこと、あった?」

「うん」

「あれ?」

「ごめん、ない」


少し悔しかったからちょっと意地を張ってしまった。我ながら子供っぽいとは思います……。


「じゃあ早速その帽子取ってもらおうかな」

「ん、イザにゃん、帽子取っていいよ」


いいの?と聞くイザにゃんに頷くと、イザにゃんは帽子を取った。同時に2つの猫耳がぴこん、と現れる。


「へぇ……!」


臨也は興味深そうに耳を見ている。対するイザにゃんは耳を垂れて臨也の視線から逃れるように私に擦り寄った。

あ、そうか。この子人見知りする方なのか。
思えば今までずっと私のスカートの裾を握ってたような。


「ねぇ、尻尾は?」


そんなことを知ってか知らずか楽しそうに臨也が聞いてくるので、私はイザにゃんを抱き上げてから尻尾を出させた。


「うわー本物だよ。ふっさふさだね」


イザにゃんは尻尾を握られてびくっと体を震わせた。尻尾触られるの、苦手なのかもしれない。

はいおしまい、と言って臨也の手をどかすと、イザにゃんは安心したように息をついた。

それから私は静雄がイザにゃんを見つけてから今に至るまでを臨也に聞かせた。

全て話し終えたあと、臨也は呆れたようにため息をついて言った。


「じゃあ俺が帰ったときにドアが壊れてたのは、やっぱりシズちゃんのせいだったんだね。全く……久しぶりに家に帰ったと思ったらドア壊されてるし部屋荒らされてるしで焦ったよホント」

「それは、その、うん。……ごめんなさい」


ぺこりと頭を下げてから、ん?と疑問が頭に浮かんだ。それをそのまま臨也に聞いてみる。


「久しぶりって、臨也いつから家空けてたの?」

「1週間前からだけど。あ、因みに波江も1週間前から休暇取ってた」


あ、だから波江さん居なかったのか。いやいや大事なのはそこじゃないだろ。

静雄がイザにゃんを見つけたのは4日前。
臨也が家を空けたのは1週間前。

ということは、イザにゃんは本当に突然あの部屋に現れた訳だ。あのセキュリティ万全のマンションに。

臨也が目の前に居る時点で臨也とイザにゃんが別の存在だと分かる。私たちが立てた仮説が外れたということも。


「え?じゃあイザにゃんって本当にどっから来たの?どこかの次元からワープしてきたとか?いやいやまさか。じゃあやっぱ臨也のベッドで突然変異が?」

「奏奏、落ち着いて。さっきから言ってることメチャクチャすぎ」

「かなで?」


イザにゃんを見つめたままぐるぐると思案していた私の頬に、小さな手が添えられた。


「やっぱりぼく、いたらいけないの?」


ハッと我に帰ると、目の前には泣きそうなイザにゃんの顔。

…………ばか、私。今更イザにゃんがどこから来たなんて気にしてどうすんの。


「違う。イザにゃんは家族だもの。ここにいていいの。いて当たり前なの」


ぎゅうっと抱き締めると、イザにゃんもぎゅうっと私を抱き締めてくれて。

ぎゅーは大好きの証、だもんね。


「あーあ家族愛なんて見せ付けてくれちゃって。さて、俺はそろそろ帰ろうかな」


煩いのが帰って来そうだし、と臨也が玄関へ向かったその時、インターホンが鳴った。

………………………やばい。


「臨也、裏から出て」

「なんで?玄関は人の出入りの為にあるんだよ」

「その玄関が壊れる可能性があるから」


って言ってるのになんで悠々と靴を履くんだあんたは。
インターホンを何回も押したのに出てこないのを不審に思ったのか、ガチャリ、と玄関の扉が開いた。
ああもう、臨也が来たから鍵閉めるの忘れてたんだ激しく後悔。


「おい!奏なにした……」

「やぁ、シズちゃん」

「──…臨也てめぇ何しにきたんだあぁああぁあ!!!!」


え、今の間で考えたのはそのことだけなの?
臨也とイザにゃんは別人だったとかそういうのは一切スルーなの!?


「何って、奏に会いにだよ」

「殺す!百回殺したあとに百回殴って百回殺す!」

「ちょっと静雄落ち着いて!何を言ってるのかあんまりわかんない!」


あああドアノブの悲鳴が聞こえるよ私には!
臨也はこんな状況でも楽しそうににやにやと笑っている。

……ドアの修理代はこいつに請求しようそうしよう。


「まあまあシズちゃん、奏の家を壊す訳にもいかないし、今日は喧嘩は止めとこう」

「んなもん関係な……くは、ねぇけど……」


まだ頭に血が上っている静雄を私が睨み付けると、静雄は本当に渋々と言った感じで塞いでいた玄関からどいた。


「じゃあ奏、シズちゃんの我慢もいつまで持つかわかんないし、今日はここで退散するよ。じゃあね」


去り際にちゅっと頬にキスされた。私と静雄が固まること約5秒。
正気を取り戻した時には、臨也の姿はもう無かった。


「…………あああッあいつ殺す!絶対ぇ殺す!」

「うん、取り敢えず一発殴ろうかな。さ、ご飯にしよっか。今日はコロッケでーす」

「ころっけ?おいしい?」

「えっイザにゃんコロッケ知らないの!?」

「マジか……?」


そういやこいつ風呂も知らなかったな、と静雄が呟く。

じゃあイザにゃんってもしかして何も知らない?
言葉はわかるのに、物の名前も役割もわからない、ということか。あれ?でもこの前ハンバーグ知ってたような……。


「しんらのおうちでたべた」


……そうですか。
でもますます可愛さが増したなぁ。これじゃあまるで、


「まるで赤ちゃんみたい」

「あかちゃん?」

「真っ白で、純粋で、とても綺麗ってこと」


イザにゃんの額に軽く口付けると、擽ったそうに身を捩った。相変わらず可愛い。


「ってなんでしゃがんでんのあんたは」

「いや、キスしやすいようにと」

「あんたは純粋でも何でもないだろ」

「じゃ、俺がする」


静雄は私と同じ目線の高さから少し顔を傾けてキスをした。てっきり口にくるかと思って身構えたけど、意外にもそれは頬にされて。


「消毒」

「……バカ」


やられっぱなしは悔しいから、私も目の前で意地悪そうに笑う静雄の頬に少し乱暴にキスをした。


「ぼくもする!」


間に挟まっていたイザにゃんも必死になるものだから、思わず静雄と2人で笑ってしまった。

なんだかすごく疲れた一日だったな。取り敢えず、ご飯を食べよう。

みんなでね。














(そういや静雄、臨也と間接キスじゃない?)
(……………うぇ)
(しずお、くちからころっけだした)



[ back to top ]




BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -