「ただいまー…」
「おかえりー」
沈む気持ちのまま、その気持ちに引きずられるように体は重くて、だらだらと靴を脱ぐ私を迎えたのはデリックだった。
やっとのことで洗顔と着替えを済ませ、温かいご飯が並べられたテーブルにつく。
「いただきます」
「はいどうぞ……ええと、今日何かあった?」
お味噌汁をすする私と向かい合って、デリックは首を傾げた。そりゃあ、そうか。あれだけぐったりとして帰ってきたんだから。
お椀を置くコトリという音の後、少しの間をあけて私は口を開いた。
「もう、毎日疲れた」
「ん、具体的に言ってみ?」
「毎日、まいにち、仕事で失敗ばかり……私が未熟だからってことはわかってる。先輩に言われたことも、理解してるつもり。でも、悔しくて……」
指導されることは最もだ。でもわかってても失敗する時がある。悔しい、悔しい。言われなくてもわかってるという気持ちと、結局は自分のせいだという気持ちがぐるぐる回って、他人への怒りなのか自己嫌悪に陥っている自分への怒りなのかわからない。
そうして最後には自分の胸の中で燻って、ただだるさと疲れだけがそこに重く残るのだ。
「わかってるよ、自分が悪いから失敗するんだってことは。わかってるけど…わかってるから……」
いつの間にか、私は箸も置いてしまって目からはぼろぼろと涙が溢れてきた。あれ、止まらない。なんで。話せば話すほど、涙は次から次へと流れてくる。
自分と格闘している私の前で、デリックはただ微笑んで頷くだけ。黙って話を聞いてくれた。
「ごめっ、泣くつもりなんかなくって…ただ、話してたら、なんか、泣けてっ」
「うん。いいよ。いっぱい泣いたらいい。話してて涙を流すってことは、今まで涙も出さないまま我慢してきたんだろ?」
今まで話聞いてやれなくてごめんな。
そう言って、デリックは優しく私の頭を撫でた。大きな手のひらが温かい。
その温かさに、また涙が溢れる。
「失敗してもさ、名前はその時、一生懸命だったんだろ?一生懸命っていうのはさ、もともと一所懸命っていう言葉なんだって」
不意にデリックが語り始めて、私はデリックの手のひらの下で少し落ち着きを取り戻しつつあった。
「漢字の通りだけど、それって一つのことに懸命に取り組むことなんだ。その過程で周りが見えなくなることだってあるさ。失敗は終了の合図じゃない、これからの可能性を示してるもんなんじゃない?自分はまだまだ伸びしろがあるぞー!ってさ」
明るく笑うデリック、鼻をすする私。こんなに対照的な光景はなかなか見られない。
私も、デリックみたいに前向きに考えられたらな……ウジウジと悩むこともないんだろう。ああまたネガティブ思考!なんだって私はこうなんだ。せっかくデリックが元気づけてくれているのに。
「逆に言えば、俺は名前みたいに深く考えることできないからさ。こんなことしか言えないけど…名前の話聞くぐらいはできるから。だから、頑張って頑張って耐え切れなくなったら、我慢すんなよ」
「デリック……うん、ありがとう」
「ん、じゃあ指切りげんまん!」
差し出された小指に、一瞬きょとんとしてから素直に自身の小指を絡ませる。もうすっかり、私の涙は止まっていた。
頑張ってもいいんだ。こうしてデリックがいてくれるから。
内側の感情を吐き出すだけで、こんなに胸がすっきりするなんて。
きっと私の考え方はすぐには変わらない。また限界を迎える時が来るだろう。でも、そんな時は吐き出せばいい。受け止めてくれる誰がが、私にはデリックがいる。
「デリック」
「んー?」
「ありがとう……だいすきだよ」
そう一言呟けば、デリックは目を見開いて頬を紅くした。
先ほどテーブルに置かれたまま放置されていた料理の数々に手を伸ばして、私はある点に気づく。
「ごめん、せっかく出来立て用意してくれたのに、料理冷めちゃった」
未だに頬が紅いデリックは、はっとしたように、ブンブンと首を振る。
「いいんだ!冷めたらほら、温めればいいだけだから!」
だから、名前が疲れて心が冷えてしまった時は、俺がいくらでも温めてやるから。
デリックが心のうちで続けた言葉に気付かぬまま、私は微笑んだ。