「ごめん、待たせた?」
「いや…」
待ち合わせ場所にはすでに静雄が立っていた。久しぶりのデートだからか、少し緊張しているような雰囲気に苦笑する。
バレンタインのお返しにと静雄がくれたのは、有名スイーツ店のケーキバイキングチケット。ホワイトデーということもあって倍率も高かっただろうに、よく用意してくれたなあと、私は一人嬉しく思っていた。
「……行くか」
「うん!」
歩き出せば自然に繋がる右手と左手。指を絡ませればきゅっと静雄が力強く握ってくれる。それだけで胸の辺りがくすぐったくなった。緊張はしていないけど、私も久しぶりのデートで浮き足立っているのかも。
やがて行き着いた落ち着いた雰囲気のお店。早速ケーキを選んで、二人で食べ始める。緊張していた静雄も、目の前のスイーツには自然と頬が緩んでいた。私も静雄も甘いものが大好きだから、美味しいスイーツたちは順調に消費されていく。
ふと、静雄の目線が私の手元に集中していることに気付いた。
「どうしたの?」
「それ、さっき無かった」
「あ…私が最後の一個だったから。食べる?」
「ん」
こくりと頷いた静雄の口元に、フォークで切り分けたケーキを運ぶ。一瞬驚いたように目を見開いた静雄は、それでも照れくさそうにぱくりとそれを頬張った。ふふ、可愛いなあ。
今度は静雄が、スプーンですくったムースを私に差し出す。ちょっと恥ずかしいけど、私もぱくり。ん、おいしい。
「…クリームついてんぞ」
「え…んむぅ、」
ナプキンで口許を拭かれた。これ、さっきより恥ずかしいのですが…!
顔に熱が集まる私を見て、静雄はくつくつと笑う。少し小バカにしたようなその様子に、ありがとうとぶっきらぼうに返しながら、やっと静雄がいつも通りになったと一息つく自分もいて。
その後、ケーキバイキングを心行くまで楽しんだ私たちは、静雄の家にいた。春とは言えまだ夜は冷え込むこの季節、こたつの中に体を潜らせる。マグカップを2つテーブルの上に置いて、静雄が後ろから私を抱きしめるようにこたつに潜った。
「今日はありがとう」
「おう。悪いな、その…大したもんじゃなくて」
「そんなことないよ!あのお店、いつも混んでてなかなか行けないし……何より、静雄と一緒にいれるってことが一番のお返しだから」
「そ、そうか……」
ぎゅう。
照れ隠しか、一層強く抱きしめられる。私も背中を静雄に預けるようにもたれ掛かって、その温もりに目を閉じた。あったかい。
ほんのり香る甘い匂い。マグカップの中身はココアかな、なんてうっすら考えた。静寂が支配するこの空間。ただトクトクと、少しだけ速い鼓動が背中に伝わってなんだかくすぐったかった。
「静雄……だいすき」
ガバッと勢いよく静雄の体が離れる。はてなマークを浮かべて振り返れば、耳まで赤くした静雄が目を大きく開いて固まっていた。
「え、何か変なこと言ったっけ?」
「言ってねぇけど……反則だろ……」
「???」
目を逸らしてぶつくさ言っている静雄に更にはてなマークが増えていく。首を傾げながらも置かれたマグカップに手を伸ばすと、案の定中身はココアで、適温になったそれに静かに口を付けた。
と、不意に肩に重みが加わる。驚いて震えた体に伴って、ココアが揺れた。
「ちょ…びっくりし──」
「好きだ」
「え?」
「好きだ。名前のこと。…好きだ。やべぇ好き…。好きすぎて、おかしくなりそうだ」
「え?…え!?」
唐突な熱い告白に、私は恥ずかしさとか照れとかを通り越して戸惑ってしまった。ええと、うん。とりあえずココアはテーブルに戻しておこう。
コトリとマグカップをテーブルに置いた直後、静雄は一度離れた体を再び密着させて、さっきよりも強く私を抱きしめた。よ、よかったココア置いといて…。
「急にどうしたの?」
「言いたくなったんだよ。なんかわかんねーけど、名前がすごく好きなんだって、今すげぇ実感した」
「わー嬉しいこと言ってくれるなあ」
「……茶化すなよ」
少しムッとしたような声。ごめんごめんと小さく笑いながら謝ると、不貞腐れたように無言で返された。
苦笑して、静雄の腕の中でもぞもぞと動く。肩から離れた静雄の顔を見上げて、にっこり微笑んだ。
「ね、今度はちゃんと私の顔見て言って」
「…………」
「私は言えるよ。静雄、大好き。他の誰よりも好き」
「っ、」
「ね?ほら、静雄も」
「……、好き、だ。他の奴になんか渡さねぇ」
「ふふ、ありがとう」
「あー……くそ、」
それから私たちは、どちらともなく優しく唇を重ね合わせた。
12.03.14 ホワイトデー