短編 | ナノ


これと同じ設定です。



とうとう明日はホワイトデーだ。あの日からあいつが持ってくるゲテモノたちを食べ続けて一ヶ月。あと数時間もしない内に日付は変わり、それから十時間もすれば、またあいつが満面の笑みを浮かべてここに来るのだろう。


「(まったく世話のやける)」


キッチンの隅に寄せている調理器具を横目に、俺は小さく息をついた。





ピンポ「折原先輩!」

「お前インターホンがある意味知ってる?」


俺の予想通り、名前はピンポンと鳴り止む暇もなく家に乗り込んできた。右手に持った紙袋を俺にずいと突き出してにっこり微笑む。


「ハッピーバレンタイン!」

「……はい、どうも」


一ヶ月前のバレンタインに作り直しを命じてから、名前は甲斐甲斐しくも3日に1回のペースでチョコという名のゲテモノを持ってきた。全く上達の兆しが見られないその料理を一ヶ月間見てきた俺は、ため息をつきながらもまた変な煙を出している紙袋を受け取って名前を部屋の中へ招き入れた。
元々期待なんてしていない。蓋を開ければ見事なジェル状の何かが待ち構えていたわけで。


「……名前。お前真剣に料理してる?」

「失敬な。私は24時間いつだって真剣ですよ」

「寝るときもか」

「寝るときもです」


百歩…いや、千歩譲ってもおいしいとは言えないチョコをなんとか飲み込んで、俺はすっくと立ち上がった。ぼけっとこちらを見上げる名前を引きずってキッチンへ向かう。


「先輩?」

「仕方ないから俺が教えてあげるよ」

「は?」

「俺がお前に、料理教えてやるって言ってんの」


理解したらさっさと手洗って。そう促せば、名前は天変地異だ世界の終わりだと何やらブツブツ呟き出した。ムカつくその対応にデコピンで返してやると、また文句を言いながらも手を洗い始めた。

予め用意していた材料を棚や冷蔵庫から出して、早速調理に取り掛かる。今日作るのはクッキーとマフィンだ。材料を混ぜて焼くだけ。そんなに難しいお菓子ではない。
それなのに。


「名前ちゃん、どうして砂糖とバターを混ぜるだけでそんな色になるのかな?」

「アレンジです」

「お前にアレンジなんて千年早い」

「酷いなあ先輩。千年も経ったら私生きてない」

「どうでもいいから、俺の言ったことだけやってよ。勝手に変なモノ混ぜるな」

「ニンニクを入れていいですか先輩」

「変なモノ混ぜるなって言っただろ!」

「勝手がダメなら、許可を取ればいいかと」


しれっと言葉を吐く後輩を足蹴にしたい気持ちを必死に抑えながら、俺は手を動かしていく。たまに不審な動きを見せる名前を指導しながら、なんとかクッキーの型抜きまで漕ぎ着けた。様々な形に抜き取られたタネをオーブンで焼いている間に、今度はマフィンのタネ作りだ。


「料理って、意外に面白いですね」

「名前が料理に面白さを見出だせるとは思えないけど」

「…先輩が料理を楽しみながらやってる姿を想像したら鳥肌立っちゃいました」

「余計なお世話だよ」

「わかった。先輩と一緒だから面白いんだ」

「……粉、はみ出てる」


ふるいがボウルからはみ出て、粉がシンクにはらはらと雪のように積もっていた。やべっと慌てて元の位置に戻す名前を見て、小さくため息をつく。可愛いんだか、可愛くないんだか。

その後も順調にお菓子作りの過程をこなし、焼き上がったクッキーとマフィン、それにわざわざ俺が淹れた紅茶セットがテーブルの上を飾った。横を向けば涎を垂らして目をキラキラさせる名前。全然可愛くない。


「食べていい?」

「いいよ」


こくんと頷けば、やった!と勢いよく食べ始める。しばらくその様子をじっと見つめていると、マフィンをもふもふと頬張っていた名前がぴたりと動きを止めた。


「そういえば、これって私から先輩へのバレンタインになるんですか?元々、私の料理に耐えられなくなって先輩が教えたんだし」

「まあ、いいよ。それでも。それに…これは俺からのお返しでもあるから」

「?」


マフィンを片手に、こてんと首を傾げる名前。う……これはちょっと…可愛いかもしれない。


「今日はホワイトデーだろ。俺からのお返しは、料理教室と、このお菓子ってこと。お前からもらったモノと比べるとお釣りが来るくらいだ」

「相変わらず性格悪いなー」

「お前に言われたくない」


ハッと笑って、高級茶葉で淹れた紅茶に口を付ける。ふわりと香る上品な香りを楽しんでいると、名前がマフィンを頬張りながらうーん、と何か考え事をしていた。きっと、また何かろくでもないことを言い出すに違いない。


「でもお釣りが来るってのは言い過ぎですよ。私だって気持ちの面じゃ負けてないですからね。毎回折原先輩のことだけを考えてチョコ作ってたんですから。隠し味は私の愛情…なんちゃって」

「ぶっ!!」


不覚だ。いや不意打ちだ。
名前の言葉に動揺しまくってむせた俺の背中を、名前が大丈夫ですかー?と暢気に撫でる。やっぱりろくでもないことを言った!こいつ!本気でもないくせに!



「げほっ……お前殺す…!」

「やだなぁ先輩。言う相手間違ってますよ。それは平和島先輩への言葉でしょ」

「……名前、」

「なんですか」

「さっきの言葉、本当?」

「言ったでしょ、私は24時間いつだって真剣だって」

「ッ!」

「折原先輩?」


ああもう無駄に顔を近付けるな!

バレンタイン同様、なんだか名前に一本取られた気がして、それでも頭の中はちゃんと用意したホワイトデー用の高級プリンをいつ渡そうかとしっかり名前へのお返しを考えている辺り、俺は相当この後輩に溺れているらしかった。






(気付いた時には)


その後しっかり高級プリンを食って帰りやがりました。



12.03.14 ホワイトデー





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