「……あれ?」
ピンポン。
軽快な音に応える声も、足音も無くて、私は目をぱちくりと瞬かせた。もう3回は鳴らしたんだけどな。まさか留守?今日はこの時間に来るって、この前約束したのに。
「まさか……」
どこかに出掛けてしまったのかも。えーと、うん、2時間くらい前に。
携帯を出して彼の番号に発信。……繋がらない。
「どうしよう…。で、でも、ここで待ってるより探しに行った方が早いかな…」
なにより彼は一度家を出ると数時間は平気で帰ってこない。ううん、帰ってこられないのだから。何時とも知れない中、この冬空の下で待っているよりは、探しに行った方がいい気がする。
そう確信した私は、持ってきた紙袋をきゅっと持ち直し、もと来た道を戻った。
「今日はどこで迷子になったのかな……月島くん」
街へ出てきたのはいいものの、月島くんがいる場所はまったく見当がつかない。どこかへ行こうとして全然別の場所へ行ってしまうのだから、月島くんは神出鬼没なのだ。背が高いことと金色の髪、それと長いマフラーという目印を必死に探す。
うう……それにしても寒いです。マフラーを忘れたのは痛かったなあ。今日は家の中で過ごすからって、甘く見てました。
「月島くん……」
きょろきょろと周りを見回しても、月島くんらしき人物はいない。携帯も相変わらず繋がらないし、もう、本当にどこにいるんだろう。
無情にも時間は過ぎていく。冷たい空気に孤独感も手伝って、心の中で不安や寂しさがむくむくと膨らんでいくのがわかった。もう、こんなんじゃ、ゆっくりバレンタインを過ごすことは、できないかもしれない。
「月島くん、どこにいるんですか……っ」
「名前ちゃん!?」
もう泣きたくなってきた私の前方から、大きくて金色の髪で長いマフラーをなびかせた、月島くんが現れた。眼鏡の奥の赤い瞳はびっくりしたように見開かれている。
「つっ、月島くん」
「どうしてここに……?」
「それはこっちのセリフですっ。どうしてこんな所にいるんですか!というかどうして携帯繋がらないんですかっ」
詰め寄ると、月島くんは肩をすくませて縮こまった。そして目を泳がせて私に持っていた袋を差し出す。
「こ、ココアを切らしているのに気づいて……。携帯は家に忘れてしまって」
「…ココア、ですか?」
「はい…。名前ちゃん、僕の家に来るといつもココアを飲んで、その…おいしいって、言ってくれるから」
寒さで赤くなったほっぺを更に赤くして、月島くんは語尾が尻すぼみになりながらも説明してくれた。それじゃあ、月島くん。わ、私のためにココアを買いに…?
「あ…ありがとう、ございます……」
「いえ……」
二人で、しばらくの沈黙。不意にぴゅう、と冷たい風が吹いた。その冷たさに身体を震わせ、あろうことかくしゃみまでしてしまう。うう……恥ずかしいです。
月島くんはそんな私を見て、慌てたように口を開いた。
「い、いつまでもこんな所にいたら寒いですよね!あ…これ、使ってください!」
ふわり、と寂しげな首に巻かれたのは、月島くんのマフラー。月島くんの温もりが少し残っていて、あったかい。それに……月島くんの匂いがする。
そこまで考えて、自分の思考回路に顔から火が出そうになった。私、なんてことを考えてるんでしょう…!
「ありがとうございます。でも月島くんが寒いんじゃ…」
「あ……僕は、名前ちゃんが側にいれば寒さとか…ちっとも感じないで、す」
「…っ!そう、ですか…。じゃあ、お返しと言ってはなんですけど…」
手袋を取って月島くんの大きな手を掴む。素手だった月島くんの手はとても冷たくて、私は無言で指を絡めた。月島くんも、一瞬躊躇ったけれど、きゅうっと握り返してくれて。
「月島くん。今日は、バレンタインですよ」
「そうですね……」
「月島くんのお家に行ったら、ココアが飲みたいです」
「はい」
「月島くんも一緒にココアを飲みながら……食べましょうね。その…チョコレート」
「ぅ、あ、はい」
「手作り、ですから」
「はい……!」
隣から聞こえた、ちょっとだけ弾んだ声に小さな笑みを溢して、私は繋いだ手に少し力を込めた。途端に握り返されて、私たちは二人、顔を赤くしたまま月島くんの家へと向かった。
HAPPY VALENTINE!!
12.2.14