夢を見た。
後輩である名前が、俺にチョコレートをくれる夢だ。
これだけ言えば聞こえはいいかもしれないが、キモは名前の「手作り」チョコレートという点にある。名前の料理の腕前は劇的なまでに下手で、もしかすると奇跡なんじゃないかとさえ思わせる、万物を破壊するシロモノだ。そんなヤツの手作りチョコを口にするとどうなるかぐらい、想像に難くない。
夢で良かったと、そう安堵して朝に胸を撫で下ろした…んだけど、なあ……。
「折原先輩!どうぞ!」
「……なにこれ」
「なにって、バレンタインチョコレートに決まってるでしょ。先輩鈍いなー」
ハン、と鼻で笑われた。…さすが、シズちゃんの次に俺をイラつかせる天才である。今すぐその鼻に向かってナイフを向けてやりたい。しかし今はこの危機を乗り越えることが最優先だ。
頬がひくりと引きつりそうになるのを我慢して、俺は笑みを浮かべた。
「残念だけど、気持ちだけもらっておくよ」
「どうしてですか」
「実は、君以外からもたくさん貰ってね。食べ切れそうにないんだ」
「じゃあ他のやつ腐らせてでも私のを完食してください」
「君ほど自己中な人間なかなかいないよね」
そうしている間にも、名前の持っている箱からは何か染み出ていて、俺の高級マンションの床にその片鱗を見せつけていた。……あは、チョコが溶けちゃったのかな。チョコは溶けてもあそこまで垂れないと思うけどね!
「じゃーいいですよ。受け取らなくていい」
「(ほっ…)」
「今食べちゃえば問題ない」
「大有りだよ!!」
俺の渾身のツッコミ虚しく、名前はもはや包む意味が無くなった箱を取り出した。
くそ、侮っていた。彼女は思考行動何もかもがそこらの人間とは違うってのに。
「折原先輩のことを思って、昨日の夜から準備したんですよ」
「……ああ、そう」
「乗り気じゃないな。せっかく私が作ったのに」
「君が作ったからだ」
どういう意味ですか?と首を傾げる姿は、あざとい少女そのものだ。じゃあお前あれか、目の前で紫と緑が混じったチョコでもなんでもないソレを味見したのか。モザイクかかる勢いだぞソレ。
「言っておくけど、俺は君に関して、君の料理にだけは絶対の信頼を置いている」
「やだ、照れます」
「悪い意味でだよバカ」
「折原先輩、さっきから素が出てますよ。抑えて抑えて」
はあ、と深く長いため息をつく。
──…まったく、鈍いのは、いつだって名前じゃないか。
心中で悪態をつきながら、恐る恐るソレに手を伸ばす。液体と固体が混じりあった奇妙な感触をあまり確かめないようにして、ぱくりと一口。
「…………」
「どうですか!最高の出来でしょう!」
「…………まず、」
「はい?」
「まずい」
「……またまずいですか。折原先輩っていつも素直じゃない!」
「今の俺ほど自分に正直な人間はいないと思うよ」
だから、さ。
「作り直し。バレンタイン過ぎてもいいから、また作ってよ。美味いやつね。自分で味見してこい。必ず」
どうせ君にはわからないんだろう。
素でいられるほど、君には心を許していて。
まずいって言いながら何だかんだで毎回食べて。
嫌いなはずなのに。イラつかせる天才のはずなのに。
バレンタインに、俺を思って作ってくれたことが、ちょっぴり嬉しいだなんて。
きっと、君には、わからないんだろうな。
HAPPY VALENTINE!!
12.2.14