ショーケースの前。慣れない雰囲気に必死に耐えながら、俺は数々のチョコレートと対峙していた。
「(何がなんだかわかんねーな…。てか名前長すぎんだよわけわかんねぇ)」
わかるのは高級そうな名前だけで、どんなチョコレートなのかさっぱりわからない。なんとなくいたたまれない気持ちになるが、可愛い恋人のためだ、少しは美味しくて見栄えのいいものをあげたい。
ひたすらチョコレートとにらめっこしている俺を見兼ねてか、接客を終えた店員が話し掛けてきた。
「本日はどのようなチョコレートをお求めですか?」
「あ、と……」
どのような…そういや名前は俺と同じで甘いチョコレートが好きなんだよな。あと酒が入ったチョコレートは食べない。
その旨を伝えると、店員はにこやかに頷いてこちらはどうでしょうと移動した。
「生クリームが入ったガナッシュです。生チョコのようなものですね」
「はぁ…」
生チョコか。ま、苦くなけりゃたぶん美味いはずだ。
店員は今度はその隣のチョコレートを指差した。
「こちらはシャンドゥヤと言って、ナッツが入ったチョコレートです」
その後も店員の説明を聞きながら、なんとかして5個のチョコレートを選んで箱に詰めてもらった。
それにしてもチョコレートの専門店なんて初めて入ったが、ハンパねぇな。チョコ一粒にどんだけ金かかんだよ。
それでも、これを渡した時の名前の顔を思い浮べると、不思議と足取りが軽くなった。
「静雄さん、おかえりなさい!」
「おう、ただいま」
家に帰ると、名前が出迎えてくれた。名前は大学生1年生。授業が早く終われば家に来て飯なんか作ってくれる。
ぽんぽんと軽く頭を撫でてやれば、嬉しそうにふにゃりと笑う。その笑顔に俺はいつも心が和むのだ。
「あの、よ。名前」
「なんですか?」
「……これ」
カサリと音を立てて袋を差し出すと、名前は目をぱちくりさせた。あんまり固まっているものだから、おい、と軽く声をかける。
「え?あっはい!」
「……いらねぇのか?」
「いやいやいや!いります!」
ブンブンと大げさなくらいに手を振ってから、名前は俺の手にあった紙袋を受け取った。そのままぎゅうっと抱きしめる。
「ありがとうございます…!」
心底嬉しそうなその表情に、俺はなんだかむず痒くなって視線を逸らした。
と、いきなりぼふんっと抱きつかれる。
「名前?」
「ありがとうございます。とっても嬉しいです。とっても…!」
ぐりぐりと額を押しつけられて、さっきまで弛んでいた心臓が、ビキリと一瞬固まった気がした。その後変に脈打つ心臓を悟られないように、一度名前を引き離す。
「静雄さん?」
「あ、いや…その……。俺も喜んでもらえて嬉しい」
どぎまぎとしながら言葉を紡ぐと、名前はふわりと笑ってこつりとまた俺の胸に額を当てた。
「ホワイトデー、ですよね」
「あ?」
「あれ、これホワイトデーのチョコじゃないんですか?」
いや、そうだけど。てか今のはちょっと聞き返しただけで流石に俺でもホワイトデーくらい知ってるわけで。
不安げに見上げる名前の額に笑って口付けてから、今度は俺から額をこつりと当てる。
「バカ、そうに決まってるだろ」
「静雄さ、」
「好きだから」
真っ赤になる名前を、そっと抱きしめる。俺と名前の間で、カサリと袋が小さな音を立てた。
「静雄さん、チョコ溶けちゃう」
「そう言って逃げられると思ったか?」
「あう…」
腕のなかに収まって、どんどん顔を赤くする名前を見て、本当に可愛いと思った。
…やべぇな。今日はこいつ離せねぇかも。
静雄さん、私の好みちゃんとわかってるんだなぁ…。
11.03.14 ホワイトデー