「だーれだ?」
突然背後から目隠しをされて一瞬びっくりしたけれど、瞼に当たる金属の冷たさと無邪気な声に私は小さく笑った。
「あ、わかったドタチンだ」
「ちがいまーす」
「じゃあ新羅かな」
「ハズレ」
「……静雄」
「んなわけないじゃん」
途端に不機嫌そうな声色に変わった相手にまた笑うと、「早く当ててよ」と拗ねたように急かされた。
ごめんごめんと謝りながら、今度はちゃんと相手の名前を呼ぶ。
「臨也」
「……もっかい」
「いーざーや」
「正解」
解放された視界で、私の恋人を捉える。背後でクスクスと笑いながら、臨也は私の頭を撫でた。
紅い目を細めて、臨也は私に尋ねる。
「名前、今日はなんの日か知ってる?」
「えーと…」
「ヒント!1ヶ月前に名前が俺にくれたもののお返しの日です」
今日の日付を頭の中に思い浮かべ、更に1ヶ月前を思い出す。…ああ、なるほど。隣に座った臨也の方を向いた。
「ホワイトデーだね」
「大正解!」
にこり、といつもと違う屈託のない笑顔を浮かべて、臨也はソファの影から紙袋を取り出した。
「だから、はい」
「わ、ありがとう!開けてもいい?」
頷く臨也を見て、ピンクの紙袋から中身を取り出す。
赤いリボンであしらったシックな箱の中には、実に様々なチョコレートが入っていた。
「すご…高そう」
「そこは『美味しそう』じゃないの」
「あ、ごめん」
思わず謝る。臨也は苦笑しながら、またくしゃりと私の頭を撫でた。その手の温かさにそっと目を閉じると、臨也はキスをねだったと思ったのか薄い唇が触れるのを感じた。
「チョコよりも俺の方が食べたくなっちゃったりして?」
「そういうこと考えるのは男の人だけだよ」
バレンタインにされたことを思い出して、顔に熱が集まる。手作りチョコを渡したあと、「チョコも美味しいけど、名前も美味しそうだよね」と言って頂かれたのは、記憶に新しい。
臨也はにやりといやーな笑みを浮かべて私の頬に指を滑らせた。
「たっ食べていい!?」
「どうぞ」
嫌な予感を振り払うようにして一口サイズのチョコをぱくりと頬張る。甘すぎない大人の味。仄かに苦みもある。
「名前って意外に大人っぽい舌してるじゃない?」
「意外にって…。まあ、うん。すごく美味しい」
もう一つ、ぱくり。今度は上品な紅茶の味がした。
というか、本当に美味しいし上品だなこれ。絶対高い。……ってこれピエール・マルコニーリ!?箱の蓋を見る。あ、本物だ。なんで気付かなかったんだろ。
「これ…一体いくらンんッ」
唐突に、けれども柔らかく唇を塞がれて、あとにはただ合間に零れる息の音しかしなくなった。ゆっくりと押し倒されて、更に口付けは深くなる。ぽろりと生理的な涙が落ちた頃に、臨也はやっと私を解放した。
「は…っ」
「んー、やっぱ美味しいね」
「そりゃ、美味しい、けど」
「違う違う」
何が違うのかと、息を切らしながらも首を傾げる私を起こしながら、臨也はそっと親指を私の唇に当てた。
「チョコよりも、名前の方がって話」
「な…、」
「もう一回頂いちゃおうかな」
何を言ってるんですかこの人。
でも、わかった。たぶん臨也がしてほしい、のは。
顔から火が出そうな気持ちを抑えて、無言でもう一つチョコを口の中に放り込む。「おや」とからかうように笑った薄い唇に、今度は私から噛み付いた。
「……ありがと。大好き」
口の端についた溶けたチョコをぺろりとひと舐めして言ってやる。こ、こんなのもう二度としてやらないんだからね…!
「…名前」
「なっなに!」
「どういたしまして。愛してる」
ああもう。私の精一杯の反撃にも余裕で迎え撃つんだから。
でも、そんなあなたが好き。
そんな想いを込めて、今度はチョコレート無しで唇を近付けた。
君に、溶けてしまいそうだ。
11.03.14 ホワイトデー