むかしむかし、あるところに男の人と女の人がいました。
出会って間もなく、二人は恋に落ちました。愛し合う二人は当然のように、ずっと一緒にいたいと思いました。
しかしそれは、叶わぬ夢物語でした。
何故なら男の人には足が無く、女の人には尾ヒレがなかったからです。
海と陸。二人の住む環境はあまりに違いすぎ、一緒にいるには難しいことばかり。
彼女は悲しみに涙を流しました。その涙は何よりも彼を悲しませました。しかし、彼は諦めませんでした。
元来から不思議な力を持つ彼女に、その力を使ってある願いを叶えて欲しいと懇願したのです。
──僕を貴女と同じ姿に。その為の対価ならいくらでも払いましょう。──
しかし彼女は首を横に振りました。それもその筈。彼の願いを叶えるには対価が大きすぎたのです。何かが大きく欠けてしまう。それで彼が苦しむことを、彼女は望んではいませんでした。
だから彼女は、懇願する彼に問いかけました。
──もし私に何かが欠けていたとしても、貴方は私を愛してくれますか?──
彼は大きく頷きました。もちろんだと彼女の目を見て言いました。そんな彼を見て、彼女は優しく笑いました。そして、その場で不思議な力を使ったのです。
自分自身に向かって。
彼女から発せられた光が収まると、そこには美しい鱗を輝かせる尾ヒレが。勢いよく彼の元へと飛び込み、飛沫が舞います。
呆然とする彼に微笑みかけ、彼女はそっと寄り添いました。そして穏やかな声でこう言ったのです。
──これが最後だから、よく覚えていてね。……私は貴方を、愛しています──
その言葉を境に、彼女は二度と声を発することはありませんでした。
けれど二人はとっても幸せでした。姿が異なろうとも、住む場所が異なろうとも、今まで愛し合っていた心はずっと同じだったからです。
それから二人は末長く、幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。
「……と、今までの経緯を話すとこんな感じかな」
<だいぶ美化されている気もするがな……>
「何を言っているんだい、セルティ!正真正銘、これが僕たちの愛の物語だよ!!」
<新羅は大げさなんだ!……まあ、少し装飾が入ってるけど、大筋は間違ってはいないから>
目の前でぷくりと泡になり消えたのは、不思議な光で作られた“文字”だった。
にっこりと微笑む彼女──セルティに確かに口はついているけれど、そこから音が漏れることはなく、意志の疎通はあの不思議な光で行っている。
彼女に会うのは初めてではないため今さら驚くようなことではないが、水中で文字を描くその原理には今も昔も首を傾げるばかりだ。それが彼女の不思議な力と言ってしまえば考える必要はないのだけれど。
「こりゃまた壮大なラブストーリーだな」
「そうだろう!六条くんはわかってるねぇ!」
<こら、新羅。あまり調子に乗るな。……それより藍ちゃん。何か相談したいことがあったんじゃないのかな>
突然私たちの成り行きを聞きたいだなんて、何か悩んでることがあるんじゃない?
そう言ったセルティさんに、私はおずおずと頷いた。図星なので否定することもない。他人に話しにくい内容ではあるけれど……だからこそ、この人たちの力が必要だったからだ。
「実は──」
私は人間の彼と出会ってから今までのことをセルティさんと新羅さんに話した。二人とも最初は驚いているようだったが、最後には「この間静雄が怒っていたのはこれが原因だったのか」と納得してくれた。
けれど、話の本題はここからだ。小さく深呼吸して、心の中でよし、と気合を入れる。
「セルティさん、私にも、その不思議な力を使うことはできますか?」
<どういうことだ?>
「セルティさんのその不思議な力で、私を人間にしてほしいんです」