兄さま、兄さま。
私は、私たちにとって、あってはならないことをしてしまいました。
その夜は月の光がとても綺麗だったのです。
私はその美しい光につられるように、海面から顔をのぞかせました。
今思えば、それが間違いだったのです。
夜の闇と静寂の中で、月に手を伸ばそうとした、私の。
もちろん、私は岩影に隠れていました。兄さまのお言い付け通り、隠れていました。
その岩の先に、“彼”がいたのです。
私と同じように、月に向かって手を伸ばして。
その髪は深海にある谷底より黒く。
月明かりに映えるその肌は真珠のように白くて。
そのお顔は…髪に隠れて全ては見えなかったのですが……兄さまと並ぶほど美しい。
私は、水中に戻ることを忘れていました。息の仕方さえ忘れていました。
兄さま、兄さま。
私は、生まれて初めて知りました。
これが、恋なのですね。
兄さま、兄さま。
そうです、私は。
私は、人間に恋をしてしまったのです。
それは、ある月の溶ける夜のこと。
2011.10.20