津軽が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、また最初からパラパラとアルバムを捲った。小学校となれば幼稚園よりは記憶は鮮明だ。心当たりがある写真があれば、ない写真もある。……うわ、この写真なんか。
「うわー、奏、すっごく泣いてる!」
「うーん……?」
「覚えていないんですか?格好や風景からするに、運動会でしょうか…」
涙でぐしゃぐしゃの顔をした私が写った写真。でも私にはなんで泣いているのかどうしても思い出せなかった。首をひねる私に代わり、臨也が半分笑いながら口を開く。…あ、イヤな顔。
「ああ、それはね。奏のお父さんとお母さんが初めて運動会に来た時のものだよ」
「お父さんたちが運動会に来た時……あっ!」
「そう。運動会に両親が来るなんて初めてだったから、奏はいつも以上に張り切ったんだ。結果見事に空回りして、徒競走で派手に転んでね。大泣きしたんだよ」
「そんなことがあったのか」
うう…津軽、しみじみと頷かないでください……。
思い出すと恥ずかしくて顔から火が出そう。お父さんたちもわざわざこんな泣き顔を写真に収めなくてもいいだろうに。
強制的に話を終わらせようと、パラリとまたページを捲る。すると今度は、2人の赤ちゃんと臨也と私が写った写真があった。
「この赤ん坊がクルリとマイルか」
「そうだよ。二人が生まれたばかりの臨也は、そりゃもう妹の世話ばっかりしてたんだから」
「げほっ、」
横から尋ねた静雄にそう返すと、突然臨也がコーヒーを吹き出した。むせる臨也の背中を津軽が撫でる。
今の天の邪鬼な臨也とは別人だったんだよ、と続けると、臨也は涙目でこちらを睨んだ。…本当のことだもん。
「でも臨也、確かににゃんにゃんの扱い上手いもんな。抱き方とか、話し方とか」
「いざやといっしょにあそぶの、たのしい!」
「二人がイザにゃんくらいの時までは、まだちゃんとお世話してたもの」
「奏、もういいストップ」
ぜーはーと息を荒くしながら臨也が手のひらをつき出す。別に隠すことでも恥ずかしがることでもないと思うけど。
知らないふりをしてアルバムを閉じる。するとデリックと静雄が同時に首をひねった。
「どうかしたか?」
「んー?んー……なあんか違和感がある気がするんだよなぁ」
「……臨也だろ。アルバムの最後に向かってだんだん臨也の顔が胡散臭くなってる」
「酷いなぁシズちゃん」
「まあ……確かに、高学年からだんだんおかしくなってきたからね」
「その言い方も酷い」
臨也が困ったような顔をして笑った。一応自覚しているんだろう。自分が変わった時期を。周りの人に対する見方、接し方、考え方が歪み始めたことを。
結局ネジ曲がった性格のまま成長してしまった彼だけれど、私は案外今の臨也が好きなので結果オーライとしておこう。というか、臨也の歪み方は小学校から悪化の一途を辿るのだから、寧ろここからが本番だ。
「それにしても」
「なに、津軽?」
「奏が臨也の傍から離れなくて良かったな」
「…………」
優しげに笑って臨也の頭をぽんぽんと軽く撫でた津軽に、臨也はぽかんと口を開いて固まった。次の瞬間、きっと津軽を睨みつけて立ち上がる。どうやらコーヒーのお代わりという名の逃走をしたらしい。
津軽と目を合わせてくすりと笑う。ほんと、素直じゃないんだから。まあ、あの時は私も自分勝手な考えで臨也を引っ張っていただけなんだけれど。
「さて!次のアルバムにいきますか!」
仕切り直すようにデリックが手を叩いた。
待ち受けるのは、たくさんの分岐点。