幼稚園の学年が変わっても、臨也くんとよく一緒にいるようになった。私のお父さんとお母さん、臨也くんのお父さんとお母さんも、何回か会う内に仲良くなっていた。たまに臨也くんのお母さんが、私のことも一緒に連れて帰ったり、晩ごはんを用意してくれるようにもなった。
お父さんとお母さん以外の誰かが傍にいてくれて、傍にお父さんとお母さんはいない。それが、私の当たり前になっていた。
「ゆうちゃん、いざやくんがね──」
臨也くんや、他の子たち、幼稚園であったことを話せるのは、ゆうちゃんしかいなかった。ますます忙しそうにするお父さんとお母さんに話し掛ける勇気も無くて、私はひたすら、仕方ない、仕方ないと自分に言い聞かせて。
「ゆうちゃん、いざやくんのお母さんはね──」
いつしか、私の話題はたまにお世話をしてくれる臨也くんのお母さんの話の割合が多くなっていた。
「とってもご飯がおいしくて、このくらいのお人形も作ってくれて…。いざやくんのハンカチ、お母さんがチューリップのもよう付けてあげたんだって!」
「そう……ですか」
「わたしのお母さんは、そういうの、できるのかな…」
「……っ、もし作ってほしいのなら、僕が作ってあげますよ」
「ううん、いいの。……いいの」
ゆうちゃんからは、たくさんたくさんもらったから。
そんなのは建前。お母さんじゃなきゃ嫌だ、言ってしまえばそれが本音だった。もっと素直に言えればいいのに、わがままを言えたら良かったのに、小さな私は甘え方をよく知らなかったから。
自分のお母さんだって料理はするし、お父さんも頭を撫でてくれる。けれど、それは全てお父さんとお母さんから与えられるもので、自分からねだることはなかった。
「奏。我慢しなくても、いいんですよ」
「がまんじゃないよ?だって、わたしのおうちは、そういうおうちだもん」
「……」
ゆうちゃんはとっても悲しそうな顔をした。いつだっておんなじだ。私はゆうちゃんを悲しませるつもりなんてないのに、ゆうちゃんは時々泣きそうな顔で私を見つめてくる。そしてそんな時はいつだってぎゅうっと抱きしめてくれた。
「──いざやくんも、同じ小学校なんだね」
「うん」
「同じクラスになれたらいいなあ」
奏ちゃんは、周りに生えている白詰草をたくさん集めながらほわほわと笑った。何か作り始めた奏ちゃんの横で、アリの行列をじっと見つめる。
奏ちゃんのお母さんは、今日も迎えに来なかった。いつもと同じお兄ちゃんがいつもより早く迎えに来たから、こうして公園で遊んでいる。けれど、付き添っているのは、やっぱりお兄ちゃんで。
僕は奏ちゃんが寂しそうにしているところを見たことがない。痛くて泣いていたことはあるけど、寂しくて泣いていたことはなかった。
「かなでちゃん」
「なぁに?」
「クラス、おんなじだったらいいね」
「うん!だからね、これ!おまじない!」
そう言って奏ちゃんが差し出したのは、白詰草で作られたわっかのようなもの。似たようなものを、奏ちゃんも手首に通していた。
「おそろいなんだよ。二人とも、同じになれますようにって」
「ありがとう……」
受け取って、同じように腕に通す。緑の青々しいにおい。ぽかぽかしたお日さまに照らされて、白詰草はふんわり手首の周りで咲いていた。お互いのブレスレットを見て、くすくす笑う。
明日は、卒園式だ。
他人への、甘え方を。