いつも一人で遊んでいる女の子がいた。正確に言うと、いつもじゃないけど。
ただ、毎日毎日、幼稚園のお友だちが帰ったあとに、その子は一人で遊んでいた。
「せんせい、どうしてあの子は、いつも一人なの?」
「お友達がみんな先に帰ってしまうから、一緒に遊ぶ子がいなくなってしまうのね。そうだ臨也くん、お残りの日は、臨也くんが帰るまででいいからあの子と遊んであげて」
にっこり笑いながら先生は僕の頭を撫でた。動く手のひらの下で、ちらりと女の子に目を向ける。
『お残り』っていうのは、家の事情で幼稚園の終わる時間に帰ることができない子供が、家の人が迎えにくるまで幼稚園に残っていることだ。僕の家も、始めこそみんなと通園バスで帰っていたけど、最近はお母さんもお仕事を始めたのでお残りが多かった。
それでも夕方には必ずお母さんが迎えに来てくれる。それまではお残りをしている子どもたちが集まる教室で待っているんだけど…。あの子は決まって、最後の一人。僕が帰るときも、一人でお人形遊びや、つみき遊びをしていた。幼稚園にお泊まりしてるんじゃないか、と思ったこともある。
だから、僕は他の人より何倍もその子が気になっていた。
「ねぇ、」
「なぁに?」
「今日も、おのこり?」
「うん」
先生に頭を撫でられた翌日、その子と同じくお残りをしていた僕は、初めてその子に話しかけた。柔らかくて高めの、かわいい声。揺れる、肩までの短い髪。今までなんともなかったのに、話しかけただけで僕の胸の辺りがなんだかきゅんきゅんと痛くなった気がした。この子、不思議だ。
固まってしまった僕に首を傾げ、今度はその子が口を開いた。
「どうしたの?」
「え、あ……」
「あっそうだ!お名前、おしえて?」
「い、いざや」
「いざやくんね!わたし、かなで!」
ずいっと身を乗り出したかなでちゃんに少し気圧される。人懐こい笑顔を浮かべて、かなでちゃんは僕の手をぎゅっと握った。さっきまできゅんきゅんしていた胸が、どくどくとかわいくない音を放ち始める。
かなでちゃんは、勢いよく手を握ったわりにもじもじと俯いて遠慮がちに僕を見上げた。う……かわいい。
「あ、あのね」
「うん…」
「いっしょに…あそんでも、いい?」
何を言うのかと思えば、それは小さな小さなお願いだった。もともと話しかけたのは僕なのに、かなでちゃんは遠慮を通り越してまるで怯えたように目をぎゅっとつむっている。何がそんなに怖いんだろう。僕、変な顔してたかな。
なんだか僕も少しだけ不安になって、だからできるだけやさしく笑った。
「……いいよ。いっしょにあそぼ」
「ほんとう?」
「うん。ぼくがかえるまででもいいなら、いいよ」
言ってからしまった、と思った。かなでちゃんが毎日一人で残っているのを気にしていたらどうしよう。
でもかなでちゃんはぱあっと嬉しそうに顔を輝かせ、ありがとう!と笑い、僕はさっそく教室のすみに置かれたおもちゃ箱へと手を引かれた。
外からはセミの声とバスに乗り込むお友だちの声が聞こえてくる。
折原臨也が空谷奏と初めて言葉を交わし、触れあった日だった。