鳴らされたインターホンの画面を覗くと、そこにいたのは入学1日目だと言うのに制服を泥まみれにして、顔に擦り傷をいくつも作った臨也だった。
「い、臨也!大丈夫?!」
訳が分らないまま家の中へ招き入れた途端、臨也はどっかりと腰を降ろした。新羅くんに連れ出された時とはあまりに違うその変貌ぶりに、私はとりあえず傷を洗い、消毒してあげることしかできない。
「何があったの?転んだとかそういうレベルじゃないよ?」
「…ちょっと化け物とやり合っただけだよ」
化け物?その単語に首を傾げ、今日臨也を追いかけていた彼を思い出した。思い当たるのは彼しかいない。
ーー砂埃の中に輝く綺麗な金髪。
「もしかして、金髪の人?」
「! なんで知ってるんだ?」
「放課後、たまたま見かけたの。グラウンドから臨也を追いかけてるとこ」
ひしゃげたサッカーゴールも共に思い出しながら、臨也の腕の擦り傷も消毒する。先生に事情を聞かれ、あのサッカーゴールはグラウンドの方から飛んできたと話したらすごく怪訝な顔をされたっけ。私だって信じられない光景ではあったけど、目の前で起こってしまった限りは現実なのだ。受け容れるしかない。
それに。
「すごく綺麗だった」
「え?」
臨也の声にはっとして顔を上げると、ばっちりと目が合った。途端に臨也が私の腕を掴む。その顔はなんだか不安そうに少しだけ歪んでいる、気がした。
「あれは人間の皮を被った化物だ」
「え、でも見た感じじゃ普通の、」
「だめだよ、だめだ。そんな感情、持たなくていい。奏は俺だけ見ててよ、ねえ」
おねがい、と呟いて、臨也の唇が私の唇に触れた。あまりに突然の出来事に、頭の中が一瞬フリーズする。心臓が激しく跳ねて痛いくらいだ。角度を変えてもう一度重なり合った唇は、さっきとは違って少しだけ私の唇をはんだ。
手も繋いでいないのに、階段を飛ばし過ぎじゃなかろうか。主に大人の階段とういやつを。
ゆっくり唇を離すと、臨也は私をその華奢な腕で抱き寄せた。……順番、逆では?
「あの化け物とやり合った後だと、人間の…奏の愛しさがますます増してくる」
「そ、うですか」
「うん」
そう言って臨也はしばらく私から離れなかった。