晴れて私たちは来神中学校卒業の日を迎えた。
卒業と言っても、大学までエスカレーター式の私立校なのだから、来年度も半分は見知った顔がいるんだろう。
臨也とは、別に付き合ったからといって今までと何かが大きく変わるわけではなかった。
なにも変わらなかった、と言っても過言ではないと思う。私としては、漫画を読んだり、友達の話を聞いたりして、俗に言う「理想のカップル」像なるものを想像していたのだけれど。
臨也といったら、たまに一緒に帰ることはあっても手は繋がないし、もちろんキ、キスなんてしないし。たまに家に行っても少し話したら出かけちゃうし。
果たしてこれが付き合うということなのだろうか?
「人の考え方は人それぞれだと思うけど、違うと思うね。少なくとも僕は」
卒業式のあと、一応部長と3年生を労おうという後輩の中途半端な心遣いで、私と新羅くんは生物室にいた。臨也は卒業式に出た後、体調不良を訴えてさっさと帰ってしまったけれど。
「新羅くんは、どう考えるの?」
「僕だったら、好きな人により一層好きになってもらえるよう努力を惜しまないよ。彼女が家にいるなら極力外出は避けるし、もちろん大好きな人に触れたいとも思う。そうだね、彼女の言ったことは一言一句聞き逃さないし彼女が特定の人間を気に入らないと言ったなら僕は迷いなくそいつを殺すだろう。それにーー」
最早自分の世界に浸かり始めた新羅くんの話を半分聞き流しながら、私は私なりに考える。ううーん、他人に相談すればするほど臨也は私のことを本当に好きなのか疑問に思えてくる。い、一応告白してきたのはあっちなんだし……でも、臨也の性格だったら遊びとか言いかねない。
「遊び……」
「ん?何か言った?」
「な、なんでもない!」
「そう?まあ要するに、人の考え方は人それぞれだけど、好きな人に近付いてあわよくば触れたいと思うのは男性全般に言えることだと思うよ」
生物室からの帰り道、新羅くんの言葉を思い出しながら、私は臨也の家へ向かった。今日は体調不良で部活を休んだんだから、家にいるはず……。
ピンポンとインターホンを鳴らすと間も無くして出迎えてくれたのは双子の妹たちだった。
「奏おねーちゃん!いらっしゃい!」
「いらっ、しゃい…」
……ん?二人の様子がなんだかおかしい。
いつもなら二人とも元気よく迎えてくれるはずなのに。よく見ると、姉のクルリちゃんが元気ないみたいだ。もしかしてクルリちゃんも体調悪いのかな。ん、あれ?
「二人とも、今日はお揃いの服じゃないんだね」
「うん!ふたりでそうだんして決めたんだよ!」
「ふぅん……?」
今日着る服を二人で相談して決めたんだったら、別にいいのかな?ズボンを履くクルリちゃんとスカートを履くマイルちゃんに、なんとなくの違和感を覚えながら、私は臨也の部屋へ向かった。
「いーざやくーん」
「ああ、奏?」
「具合、大丈夫?」
ベッドからのぞく顔は確かにいつもより白い気がした。ぴとりとおでこに手の甲を当ててみる。じんわりとした熱は伝わるけど、発熱というほどでもなさそうだ。私の手の冷たさが気持ちよかったのか、臨也はしばらく目を閉じたまま私の手を首筋に当てていた。
やがて、うっすらとその目が開かれ、私を見つめた。
「……奏、」
「んー?」
「俺、高校に入ったらさ、今までみたいなの、やめるから」
「今までみたいなって?」
「今までみたいに、優等生ぶるのは辞める。学校もサボるし、また、いけないことするかも。ごめん、奏。奏が嫌な気持ちになるようなことも、するかもしれない」
そこで臨也はぎゅうと私の手を握った。それがまるで小さな子供のようで。
「それでもいい?俺、いい子じゃなくていい?」
「……いいよ。臨也のやりたいこと、やればいい。私はどんな臨也でも受け入れるよ。ただ、嫌なことは嫌って言わせてね」
「うん……ありがとう」
臨也が何をしたって、きっと私は臨也ごと、起こした事件ごと受け入れてしまう。『そういうものだ』と。
そして、波乱の高校時代が幕を開けるーー。