時は少し遡り、修学旅行にて。
「折原くんはさ、空谷さんとどんな関係なの?」
「なんだよ、藪から棒に。ただの幼馴染だけど?」
「失礼、質問を変えよう。空谷さんとどんな関係になりたいんだい?」
新羅の質問に、俺は柄にもなく言葉を失った。ただし、それは自分に対しての絶句だった。奏との関係性は幼馴染の一言に尽きる。しかし、これからの関係性は、と聞かれてすぐさま幼馴染のままだよと答えられなかった自分がいたからだ。
最早人間を愛の対象として完全に捉えていた俺にとって、奏はどうしてもただの人間と一括りにすることができない。それがなぜなのか、我ながら思春期というものを自覚していた俺は、薄々勘付いていた。
「ごめん、折原くんの恋愛事情に首を突っ込む気はなかったんだ。ただ、君が将来生きて行く上で、少し空谷さんが心配になっただけだよ」
君はきっとロクな生き方をしないだろうからね、と根拠のないお墨付きをもらった後も、俺はただ奏のことを考えていた。
それから5日。
学校で会った奏の顔はひどいものだった。
それもそうだろう。普段家に一人でいる奏が、学校のイベントとはいえ友人と旅行に行くという行為にどれだけ期待していたか。
俺も.いつもあの広い家に一人ぼっちでいる奏にとって、いい思い出になればいいと思っていたのに。
そこで思いついたのがこの場所に連れて来ることだった。
「楽しいね、臨也!」
「そう?…友達もいないし、修学旅行先に比べたら近いし、宿泊もできないけど」
ジェットコースターに乗り、ふらつく頭をなんとか保ちながら、少し自虐的に呟いた。なんたってジェットコースターはあんなに気分が悪くなるんだ。楽しむ余裕がない。
そんな俺の先をスキップしながら進む奏が、満面の笑みで振り返る。
「何言ってるの!臨也と一緒だから、それだけで楽しいに決まってる!本当に本当にありがとう!臨也は私のヒーローみたいだね!」
その笑顔に、気持ち悪さも吹き飛んで胸が高鳴る。旅行中に新羅に言われた言葉が頭の中に響いた。
俺は、奏とどうなりたいんだろう。
奏を観察したいのだろうか。いろんな条件を奏に課して、その状況下で踊る彼女を見たいのだろうか。それとも、普段の生活から奏の特性を面白く観察したいのだろうか。
ーー……違う。
人間観察よりも、してあげたいことが山ほどある。
風邪をひいたなら一晩中看病してあげたい。一人で食べる夕食の時間を一緒に過ごしたい。泣いていたならその涙をできるだけ早く拭ってやりたいし、そのためなら夜明けまで電話に付き合ってもいいだろう。
その気持ちは、誰に聞かずともわかる。
要するに俺は奏が好きなんだ。人間としてではなく、一人の恋愛対象として。
「臨也、大丈夫?少し休もうか?」
立ち止まって動かない俺を心配したのか、奏が俺の顔を覗き込む。奏と目が合った瞬間、俺は彼女を引き寄せ、そしてキスをしていた。
少しの間をおいて、離れる唇。
「好きだ」
奏の顔を直視することができず、俺は視線を横に逸らしたままその短い言葉を吐き出した。
奏はどんな顔をしているのだろう。見たいのに、視線は逸れたままだ。しかしこれではっきりしてしまった。俺は、観察の対象としている人間なら嬉々としてその顔を覗き込むだろうから。
「…………ふしぎ」
「なにが」
「私ね、実は前にも一度、クラスの子から告白されたことがあったの。その時はどこか他人事で、そうなんだとしか思わなかった」
だけどね、と奏は続ける。
「今は、すごく嬉しい気持ちでいっぱい!臨也にもっと好きになってもらいたいって思う!どうしてかな?ふふ、嬉しいなぁ」
やっと視線を奏の顔に戻すと、顔を真っ赤にして笑う彼女がそこにいた。うふふ、ふふ、と抑えきれない笑いをなんとか堪えている様は少し不審者のようにも見える。
でも、正直嬉しさで言えば俺も同等かそれ以上だった。なんせ、奏はなんでもかんでも受け入れる寛容さを持っている。告白したところで、先ほどのように他人事のように思われ、やんわりと断られるのがオチだと思っていた。
その奏が、俺の告白を聞いて嬉しいと言ってくれた。
「それで、返事は?」
「返事?」
「…告白の」
「もちろん、私も大好きだよ!」
「それは、付き合うってことでいいの?」
「あ、そうか。うん、そうだね!」
どこか抜けているところはまだまだ改善の余地がありそうだ。
とりあえず俺は、恋人との第一歩として、奏の手を握って一歩を踏み出した。