びゅう、と冷たい風が吹く。
マフラーをしっかりと首に巻きつけて、学校までの道のりを歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
「おはよう、空谷さん」
「あ…おはよう、新羅くん」
夏休みに起こった事件から1年とちょっと。中学2年生の季節は、夏よりも秋の気色を増していた。からりと晴れた空にも関わらず、空気はひんやりと冷たい。
あの事件のあと、臨也や新羅くん、私など当事者が沈黙していたおかげで、学内の噂は一月足らずですっかりと成りを潜めた。しばらくは、新羅くんが回復して学校に出てからも臨也と仲良さげに話す姿を見て不気味に思った生徒もいたみたいだけど。それでもまあ今は平和に、順調に2年生の日々を過ごせている。
ただ、臨也はまた少し変わってしまった。
「折原くんは?今日は一緒じゃないのかい?」
「うん。なんか学級会の仕事があるとかで」
「ふぅん。最初だけかと思ったけど、案外長く続くねえ」
そうだね、と苦笑する。新羅くんの言う通りだと思ったから。
臨也はあの事件以来、小学校の時のように模範生徒を演じ始めた。求められれば必ず応え、先生にも気を遣い、成績もトップクラス。学級会では副会長と書記を兼任し、まるで学生の鏡のような生活ぶり。
けれどやっぱり気に入らない。先生たちが事件を考慮したのか2年生になっても同じクラスにはならなかったけれど、廊下で見るわざとらしい笑顔に私は思わずげえ、と呟いてしまう。
「ま、彼が何を考えているのかはわけらないけど、僕たちに危害がないならそれでいいや」
そりゃ、そうだけど。あっさりと臨也の行動を認めた新羅くんに続いて、私もぎこちなく頷いた。
そんな優等生から相談を受けたのは昼休みだった。相談と言うか、まあ、報告のようなものだ。
「さっき親からメール来たんだけど、クルリとマイルが幼稚園で熱出したらしいんだよね」
「えっ、大丈夫なの?」
「幼稚園側は早退させたがってるんだけど、親父も母さんも仕事で迎えに行けなくてさ」
やれやれといった顔で肩をすくめる臨也。仕方ないとはいえ、幼稚園で熱を出して寝込んでいるのは可哀想だ。季節の変わり目だし、ただの風邪だとは思うんだけど、と冷静に分析する臨也は少し落ち着かないように見える。
もしかして……って、もしかしなくても妹のこと心配してるね、お兄ちゃん。
「自分が迎えに行ってあげたいんでしょ」
「別にそんなこと……」
「嘘はだめだよ、お兄ちゃん」
からかい混じりに臨也の額をうりうりと突くと、やめろよと存外乱暴に払われた。ううむ、照れ隠しと思えばかわいく見えてくるのだから不思議だ。
「妹が熱出したので帰らせてください、とは言えないしねぇ…」
「誰も迎えに行きたいとは言ってない」
「でもそわそわしてる」
「そう見える?」
「見える」
迷いなく私が頷くと、臨也は大きなため息をついて肩を落とした。なに、私なんか悪いこと言った?
どうしたら臨也を早退させることができるか、再び考えた始めた私の頭に、一つの提案が浮かぶ。もう臨也の気持ちは確定事項なので正直にその作戦を話すと、臨也は疑うように目を細めながらもわかったと頷いた。
最後に頷いた辺り、やっぱり臨也も妹たちを迎えに行きたいと考えていたのだろう。
妹想いの臨也が、普段学校で着飾るものとは全然違って見えて、私はなんだか嬉しくなった。
結局、5限が始まって間も無く臨也は早退した。5限は臨也と私のクラス合同の体育の授業だった。準備体操もほどほどに、臨也は先生に体調不良を訴え、そこで先生の近くにいた私が保健室まで連れ添ったのだ。なんたって私、保健委員ですから!
保健室の来室カードを適当に記入し、一人で来ると養護教諭が確認する体温計を私が確認して、平熱より高い数値をカードに書いて先生に見せると、すぐに早退の許可が下りた。
「奏、ありがと」
「ううん。早く迎えに行ってあげて。きっと二人とも早く来てーって、呼んでるよ」
「どうだか」
その口調とは裏腹に、臨也はさっさと帰ってしまった。早足で校門へ向かう黒い後ろ姿を見ながら、兄妹っていいなあと思わず呟いた。
(変わったような、変わらないような)