次の日の始業式。
臨也も岸谷くんも奈倉くんも、学校には来なかった。けれどどこから漏れ出したのか、生徒の話題はもっぱら学校で起こった暴力事件で持ちきりだった。
−3組の岸谷がやられたらしい。ー犯人は折原だってよ。ー嘘、あいつってそういうことするタイプには見えなかったけどな。
みんなは好き勝手に話を装飾し始める。元々ねじ曲がった事実がさらにねじ曲がって行く。それでも私はみんなの根も葉もない噂話を、肯定も否定もしなかった。
だって真実は当事者だけが知っていて、その真実も新たな真実にひた隠しになっている。そのような状況になるよう手助けしたのは自分自身なのだから。
あとはなるようになっていく。少しだけ複雑な気持ちのまま、私は帰路についた。
「疲れた……」
時刻は夕方だと言うのにまだ明るい家の中は、日中誰もいないために蒸し暑い。リビングに入ってから真っ先にエアコンを稼働させる。ゴーゴーと勢い良く吹き出す冷風に目を細める。文明の機器、最高!お父さんお母さん、エアコンを取り付けてくれてありがとう!
心の中で叫ぶ気持ちとは裏腹に、私は体のだるさを感じていた。手芸部に顔を出す時にはもうすでにだるさはあったけれど、新学期の活動を確認するだけならと部室に向かったのは間違いだったのかもしれない。
ぼすん、とソファに沈み込む。制服が皺になっちゃう、着替えないと。でも、起き上がるの、だるくて無理……。重力に逆らえずに、私は重い頭から落ちて行くように意識を手放した。
ぼんやり重い瞼を上げると、部屋の中はまだ明るかった。はっきりしない視界を確保するために、パチパチと瞬きを繰り返すと、部屋の明るさが人工的なものであることがわかった。
「へやのでんき、つけたっけ…」
「俺がつけたの。奏、風邪ひいただろ」
頭上から降りてきた声に、勢い良く起き上が…ろうとしたけど、予想以上の体の重さにずいぶん動きがゆっくりになってしまった。
のそのそと起き上がる私に視線を合わせるように、声の主はしゃがみ込む。
「臨也、どうして……」
「夏休みに風邪ひかなかったから、学校始まったら体調崩すんじゃないかと思って様子見に来た」
俺の予想、大当たり。そう言って臨也は笑った。半年に一回は必ず風邪をひいていた私の体調を考えると、夏休み辺りに体調を崩すと考えていたようだ。だけど私は笑える状況なんかじゃない。
「臨也、これからどうなるの?」
「…新羅が被害届を出さなかったから、厳重注意で済んだよ。ただし、学校は少し休まなきゃいけないけどね。少し長い夏休みだと思って休暇を楽しむさ」
「そう…よかった……」
安心するのと、体のだるさが相まって私は再びソファに沈み込んだ。あれ、今気づいたけどタオルケットかけてくれてたんだ。通りで冷風の寒さで目を覚まさなかったわけだ。そこまで思考が働いたところで、臨也は容赦無く私の体を揺すった。
「よくないよ。エアコンつけっぱで制服も着たままソファに転がってるのは頂けないね。とりあえず着替えて来な。ゼリー買ってきたんだ」
うん、と生返事をする。だるさで起き上がりたくない。そんな気持ちを察したように、臨也はよいしょと私の腕を引っ張って起き上がらせた。がんばって、と腕を引かれれば、それについてすんなり立ち上がる。こんなにだるいのに、人間の体って不思議だ。
その日臨也はお母さんが帰ってくるまで家にいてくれた。小学校の時から、臨也はたまにこうして一緒にお留守番をしてくれた。幼馴染の存在感に安心しながら、私はありがとう、と呟いた。