「生物部?」
うん、と臨也は頷いた。
入学式から1ヶ月も経つと、部活に行く生徒やまっすぐ家に帰る生徒、さっそくできた友達とどこかに遊びに行く生徒により昇降口はごった返しで、少し話しにくい。
隣で靴箱から靴を取り出している友達に少し待っててもらってもいい?と問いかけると、友達は笑顔で頷いてくれた。
人混みから少し離れて、改めて問いかける。
「生物部って、そんないきなり言われても……。私いま道場通ってるし、手芸部入っちゃったよ?」
「名前だけ貸してくれればいいんだ。実際、俺たちだってまともな部活動をする気はないし」
「俺たち?」
臨也の言葉に首を傾げる。一緒に創部するほど仲のいい友達がいただろうか。小学校の記憶を辿ってもなかなか答えには辿り着けない。
私の疑問をよそに、臨也はにっこりと笑って一枚の紙をぴらりと振ってみせた。
「じゃあ、奏の分も出しておくね」
「え、ちょっ」
言うや否や走り去っていった背中に、私の言葉は届くはずもなく。数瞬呆けた後、まあいいかと一人納得し、待たせている友達のところへ走った。
次の日、昼休みに昨日の話を詳しく聞こうと臨也のいるクラスを訪れると、そこに臨也はいなかった。仕方ない。戻ってくるまで教室の入り口で待っていようかと思い、廊下の窓に寄りかかると、教室から出てきた男の子と目があった。特徴的な黒縁眼鏡。
まだ新しい記憶の中に、彼は存在していた。
「あ、君はこないだの」
「この前はプリント拾ってくれて、ありがとう。3組だったんだね」
出会い頭にぶつかって落としたプリントを拾ってくれた彼は、臨也と同じクラスだったみたいだ。
彼は私の方に歩んでくると、その黒縁眼鏡の奥にある瞳を細め、手を差し出した。
「僕は岸谷新羅。よろしくね」
「岸谷?」
「? どうしたの?」
「あ、ううん。私は空谷奏。よろしく」
きゅっと軽く握手をする。なかなか真面目な性格だと思った。挨拶がてら握手をするなんて、中学に入学してから初めてのことだ。
それにしても、この男の子が臨也が言っていた岸谷くんだったとは。
「空谷さんは何組?」
「1組だよ」
「そうなんだ。じゃあ体育とか一緒じゃないんだね」
にこりと笑う岸谷くんは、臨也とは違う爽やかさを持っている。穏やかなオーラで、人付き合いも上手そう。臨也もニコニコと微笑みながら.クラスみんなとうまく関係を築けていたと思うけれど、私から見ればそれはわざとらしいことこの上ない態度で、まるで優等生ぶっているようでつまらなかった。
「3組の誰かに用があったのかい?」
「うん。臨也に用があったんだけど」
「ああ、折原くんね。彼、先生に頼まれてプリント持って行ったんだ。もうすぐ帰って来ると思うよ」
知的な雰囲気は臨也と波長が合いそう…と本人を目の前にして思いながら、私はそっか、と頷いた。入学式の日、帰り道に嬉しそうに岸谷君のことを話す臨也のことを気になっていた私は、どうしても岸谷くんをまじまじと見つめてしまう。
そんな私の肩を、誰かがぽん、と叩いた。
「奏、どうしたの?新羅まで」
新羅?新羅って、岸谷くんの名前だよね?…な、名前で呼んでる!小学校の時はみんなのこと名字でしか呼ばなかったのに……!
思わぬところで驚きを隠せない私の顔の前で、臨也がおーいと手を振っている。
「本当にどうした?具合でも悪い?」
「ちが、えっと…そう!生物部のことについてなんだけど!私活動場所も活動時間も知らないから臨也に聞こうかと」
「あれ、君も生物部に入部するのかい?」
「君もって、岸谷くんも?」
「入部するも何も、創部しようって言ったのはこいつだよ」
臨也が岸谷くんを指差す。え、岸谷くんが?じゃあ臨也と一緒に生物部を創部したのは、岸谷くんだったんだ……。
臨也と岸谷くんの間で2人の顔を交互に見る私に、臨也は苦笑した。
「活動場所は生物室。活動時間は放課後だけど数十分で終わるよ。なんせ、こいつ食虫植物の世話を活動内容にする気みたいだからね」
「まあね。一応活動しないと彼女に本当に部活動してるのか疑われるからさ」
「だから奏は道場の日は直帰していいし、手芸部を優先したかったら優先すればいい。生き物と違って植物は2、3日ほっといても死なないだろうからね」
間に挟んだ岸谷くんの言葉にどこか引っかかるものを感じながら、私はこくりと頷いた。
活動内容を聞いていると、なぜこの2人が生物部を創部したのか疑問に思えてくる。頭に浮かぶはてなマークを消せないまま、昼休みのチャイムに急かされて自分のクラスへと戻った。