100000hit!! | ナノ



デリックは、アンドロイドである。その証拠に、今目の前で彼は充電中だ。特徴的なヘッドホンから伸びるコードは、今はアダプタを介して電源に繋がれていた。


「きれいな顔……」


彼はあの池袋最強と呼ばれる平和島静雄の外見を模して作られている。そう言えばなるほど、彼の端正な顔立ちにも納得がいくだろう。充電中は言わば睡眠中。こーんなイケメンがすーすー寝息を立てていれば、誰だって見惚れるに違いない。それは私だって例外なく当て嵌まるわけで。


「かっこいい、なぁ…」


はあ、とため息混じりに呟けば、彼の前髪がさらりと揺れた。早く充電が終わらないだろうか。今は閉じられた瞼の下にある、明るいピンク色の瞳が見たくてそっと手を伸ばす。親指で優しく瞼を撫でてあげる。もちろんデリックは起きない。


「……やっぱりいいや」


もっと寝てていいよ。心の中だけで呟いて、くしゃりとその金髪頭を撫でてやった。
だって、起きたらこんなことさせてくれないもんね。

嫌がるとかそういう意味じゃない。だって元々スキンシップというか、こういう行為には寧ろ嬉しそうに反応していたのだ。それが、1ヶ月前くらいから突然変わったのだ。頭を撫でようとした手を振り払われた。だけど戸惑っていたのは私じゃなくてデリックの方だった。ごめん、と愛想笑いをして、でも私に視線を合わせようとはしてくれなかった。

それから彼は私を避け続けている。まるで会いたくないように、触れられたくないように。


「私、何か悪いことした?ねぇデリック…わかんない、わかんないよ……」


どうしてこんな関係になってしまったのかわからない。それでもデリックはきっと、目を覚ませば私を避けるようにまたどこかに行ってしまうのだろう。原因はともあれ、結果は目に見えている。

それでも。


「さみしいなぁ」


デリックはアンドロイドだ。蓋を開けば機械でしかない彼はそれでも人間染みていて、いや、人間よりも人間くさくて、私が恋心を抱くのにそう時間は掛からなかった。人間と機械なんて馬鹿げた愛だととある情報屋にも言われた。でも仕方ない。好きなもんは、好き。それが私のポリシーだから。

しかし残念ながらデリックが恋心を持っているかというと、それは無いに等しかった。何度も言うが彼はアンドロイド。いくら人間染みていても、心まではわからない。それに、私は前にこんな言葉を彼自身の口から聞いている。


『胸が切なくなったり、きゅうって締め付けられたり、なんだ、守ってやりたいとか思うのか?……ッないない!そんなん聞いたこともないぜ。てか、俺らにはあり得ねぇだろ。プログラムされたことしかできねぇんだから』


これは確か、デリックとリンダが話していた時のことだ。アンドロイドの中では比較的恋愛方面に好奇心旺盛なリンダが、私の恋愛小説を読んだ後、本を放り出してデリックの元に走り「こういうの、感じたことある?」と切り出したのだ。
手をぶんぶんと勢いよく振って否定したデリックを見て私は落胆した。だってそれは、恋という感情を否定したことと同じだったから。

加えて避けるような行動。もう私にはどうすればいいのかわからない。だから、充電中の間だけが、唯一、触れられる、見つめることができる時間だった。

そんな時間ももうすぐ終わる。ピピッと電子音が鳴り、同時にヴヴ…と起動音がし始めた。どうやら充電が完了したようだ。


「ふぁ…、」

「おはよ」

「ぅえッ!?ち、近い近い!」


ピンクの瞳を大きく見開いて、デリックは座ったまま後ろに仰け反った。後ろは壁だったから勢いよく頭を壁にぶつける。

ほら、ね。もうこんなの慣れっこだよ。あまり嬉しくない、慣れっこだけど。


「デリック」

「な…なんすか」

「明日から、臨也のとこに帰っていいよ」

「え……?」


立ち上がって、くるりと背を向けた。後ろで困ったような声を上げるデリック。でも私は振り返らない。彼の顔を見ることができないから。


「もう、いいよ。私のところはリンダやみかてんで十分」


元々デリックは借り物だし、そろそろ本物の持ち主へ返すべきだよね。

笑い混じりにそう言うと、不意に左腕を掴まれた。


「だ、大丈夫だよ!臨也んとこには津軽もサイケも日々也もいるし!」

「いいってば」

「あ…もしかして俺、バグ起こしたとか?どっか壊れたのか?なまえの入力したプログラムをどこかでミスって、「うるさいなあ!!」


デリックから顔を逸らしたまま言葉を遮ると、彼が震えたのがわかった。だって、私の左腕が震えたから。
でもその震えはデリックだけじゃなかった。


「いっそ…壊れてしまえば、いいのに…っ!」


熱い雫を堪えることができずにぎゅっと目を瞑る。そうだ。震えているのは、私の方。


「なまえ……」

「……」

「なぁ、俺、最近おかしいんだ」


後ろからデリックの静かな声が聞こえる。そうなって初めて、私は後ろを振り向いた。そこには、辛そうに眉を寄せるデリックがいて。


「なまえといると、この胸の辺りが痛いんだ。無い心臓を掴まれたみたいに、ぎゅうっとするんだ。なまえの笑顔を見る度に、なまえに触れられる度にそれは酷くなる。今だってそうだ。なまえに触れられて、でもなまえは泣いてて、だから俺、またここが締め付けられるように痛い」


ここ、と指し示した場所は胸のど真ん中。純粋な疑問と大きな不安を蓄えたピンク色の瞳が揺れている。……こんなに、人間くさいのに、どうしてこのことに関しては鈍いのだろう。人間と同じように、恋に気付けないのだろう。


「デリック」


いつもの笑顔とは違う、歪んだ顔の輪郭を包むように撫でれば、彼はますます辛そうにした。わかるよ、胸が、ぎゅうってするんだよね。痛くなるんだよね。わかるよ。

私だって、同じだもの。


「それは、恋だよ」

「恋…?」

「そう。その人に近付いて、触れて、想うだけで胸が締め付けられる。それが、恋」

「そんなの知らない…俺、やっぱり壊れて、」


今にも泣き出しそうな彼を抱き締める。


「いいの。それで、いいの」


私に恋をしてくれるなら、デリックは壊れたままでいい。……ううん、デリックは壊れたんじゃない。


「デリックは、人間になったんだよ」


機械じゃあり得ない気持ち。でもそれは機械だからであって、デリックだからではない。一緒に話して、一緒に笑って、一緒に辛い思いをして。そんなデリックは、もう、アンドロイドなどではない。


「デリック」

「な、に」

「一つ、いいことを教えてあげよっか」


一旦デリックから離れて、背が高い彼を見上げる。もう、私は泣かないよ。


「恋は、愛に変わった瞬間に、とても温かなものに変わるんだよ」


そう言って、私は彼の無機質な唇に口付けた。その唇は、どこから流れてきたのか、熱い雫で濡れていた。






壊れた人形が泣いた夜

「ねぇ、どうしてリンダと胸のことで話してた時、全否定してたの?」
「それ、は……」
「?」
「もし故障だったら、なまえに返却か破棄…されると思って。なまえと離ればなれになんの、いやで」
「…………ばーか。言っとくけど、一生手放すつもりないから」
「ッ……っす!!」










▽▽▽▽▽
桜さまリクエスト、デリックで切甘なお話でした!
切甘というか…重いお話になってしまった気がします(汗)。バグのような症状が、実は機械を越えた存在になりつつある、というちょっとした矛盾を書きたかったのです。珍しくしおらしいデリックでした。あ、でも通常はわんこデリック健在なので安心してください(笑)。
あと、memoでもお返事しましたが改めてお返事させていただきます。イラスト、大歓迎です!寧ろ恐縮です(><)。ありがとうございます!

桜さま、ありがとうございました!