お盆の上の土鍋やらコップやらがひっくり返らないように、慎重に階段を登る。目的の部屋の前でノックをすると、なんとも弱々しい声で「はぁい…」と返事が返ってきた。その声を聞いてドアを開ける。
「ご飯、持ってきたよ」
「食べたくないよう…」
「だーめ。少しでも食べないと治らないよ?せっかく津軽が作ってくれたのに」
「……たべる」
なんとまぁ素直な子で助かります。もそもそと起き上がるのは黒髪にピンクの瞳、今はヘッドホンを外しているけれど、あの元気だけが取り柄のようなサイケだ。ご想像つくでしょうが、サイケはいま風邪をひいています。暑いからってお腹を出して寝たりするから…。
「はい、あーん」
「あーん、」
冷ましたお粥(梅入り)をんぐんぐと食べるサイケはかなり可愛らしい。津軽の手料理大好きだもんね。そうして順調に食べさせていると、いつの間にか隣にリンダが座っていた。あまりに気配がなかったからびっくりして肩が跳ねる。
「なっ…んで、ここに」
「サイケがあーんされてるの見たら羨ましくなっちゃって!…あーなんだか俺も具合悪くなってきたなぁ…これは病気だな、即ち恋の病「「リンダうるさい」」
部屋の入り口からの声と綺麗にハモった。そこに立っていたのはみかてん。後ろには杏かけちゃんもいて、心配そうにこちらを見ている。みかてんがため息をつきながらリンダの耳を引っ張った。
「なまえさんとサイケさんに迷惑になるからあっち行くよ」
「あーっお前らずりぃぞ!」
みかてんがリンダの耳を引っ張るのと、廊下からデリックの声が響いたのは同時だった。リンダたちより大きな足音を立てながら部屋に入ってくる。…待った待ったここ病人のお部屋だよ?だんだん無法地帯になってるような……気のせいかな。
デリックは耳をつままれているリンダの額を軽くデコピンした。痛そう。
「なまえはサイケの看病があるから、俺、なまえに構うの我慢してたのに!」
「デリック、リンダもう聞いてないから。気絶しちゃったから」
ちなみにみかてんがリンダの後ろで冷や汗だらだら流してるから。なんてことを言う前に、みかてんは慌てたようにリンダを引き摺って部屋を出ようとした。それを妨げる人が一人。妨げるというか入り口にずーんと仁王立ちしただけなんだけど。
「デリック!風邪をひいている方のそばで騒ぐとは何事ですか!」
「げ、日々也…」
「お見舞いや看病ならともかく、騒ぐだけなんて…!」
事が大きくなってきた…。
面倒くさいなぁと思いながら、サイケにお粥を食べさせる。あむあむと食べるサイケを見てほっと一息。食べたくないとは言っていたけれど、食欲はそれなりにあるみたいだ。津軽お手製のお粥を食べている間もぎゃいぎゃいと騒ぎ続けるデリックたち。リンダも目を覚まして、部屋の中は更なる喧騒に包まれた。ドアのそばに立つ杏かけちゃんと目を合わせて肩を竦める。
さすがの私も、堪忍袋の緒が切れちゃうよ…?
「あんたたち、いい加減に」
「みんなうるさーい!!今のなまえはおれのなの!おれだけのものなんだから、みんなジャマしないでっ」
切れました。…サイケが。
叫んだあとに咳き込んだサイケの背中を擦ってやる。リンダたちは目を丸くしたあと、「ご、ごめん」と謝りながら部屋を出ていった。めったに怒らないサイケが怒鳴ったんだもん。怖いよねぇ。
薬を飲ませて再びベッドに寝かせると、サイケはきゅうっと私の手を握った。
「なまえ、こうしてていい?」
「いいよ。さ、おやすみ、サイケ」
うん、と眠りに就いたサイケの頭を撫でてあげる。しばらくそうしていると、コンコン、と控え目なノックが響いた。返事をすると、ドアが開けられる。そこに立っていたのは、津軽と八面六臂。
「サイケの様子は…?」
「うん。ご飯食べてちゃんと薬も飲んだから、だいぶ落ち着いてるよ」
「明日の朝、ダイヤモンドとルージュがもう一度診るって言ってた」
「そう」
さっきの子たちとは違って、さすが、二人は落ち着いている。八面六臂は赤いファーコートを口元に当てると、くすくすと小さく笑った。なんだろう。
「さっき、随分大騒ぎしてたみたいじゃない」
「まぁね」
「みんな驚いてたよ。サイケが怒ったって」
私だって驚いたよ。だけど八面六臂が笑っている理由はそこではないらしい。だって彼はずっと津軽を見てくすくす笑っているのだから。視線に気付いた津軽は、片付けてくる、とお盆を持って部屋を出ていってしまった。その様子を見て、八面六臂はますます笑みを深くする。
「でもね、みんな、津軽にも怒られたんだ」
「津軽に?」
「津軽は怒ったというか、ただ呟いただけなんだけどね」
──…俺は風邪をひいてるサイケにも、看病をしてるなまえにも、気を遣ってあまり触れようとはしてないのになぁ。…なぁ?
「あれ、絶対怒ってたよ。だって目がマジだったもん。自分の大好きなサイケもなまえも入り用だから我慢していつも以上に世話役に回ってたのに、みんなお構いなく二人のそばで騒ぐんだもんねぇ」
そりゃ怒って当然だよ。
八面六臂はそう続けて、尚も口の端に笑みを残しながらその紅い瞳で私を見た。
「だから後にでも津軽に優しくした方がいいよ。そう言う俺も結構寂しかったりするんだけどね。なまえがいないと、みんな調子狂うんだ」
予想以上の自分の需要に驚きながら、津軽の意外な一面とか、結局みんなは、みんな一緒じゃなきゃダメなんだとか、新しい事実に私はなぜか嬉しくなった。
「…サイケの風邪が治ったら、みんなに美味しい何か作ってあげるよ」
「それはいい」
最後にもう一度楽しげに笑って、八面六臂は「おやすみ」と自分の部屋に戻った。自分の手を握るサイケの頭に置いていた手をじっと見つめる。
とりあえず、後で津軽の頭も撫でてあげよう。
さあさあみんな平等に「津軽、いい子いい子」
「…っ、」
「ありがとね」
「あ、ああ…」
▽▽▽▽▽
早紀さまリクエスト、派生組の逆ハーで津軽かサイケが風邪をひく、でした!
津軽は過去に風邪をひいた話を書いているので、今回はサイケに風邪をひいていただきました!派生組ということでみんな大集合です(笑)。来良組などは出すか迷ったのですが、賑やかさを出すために出てもらいました!ツパチンや執雄はあれです、津軽のお手伝いや怒られたみんなの世話役になってます←
早紀さま、リクエストありがとうございました!