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「ただいまぁ…」


薄暗い玄関に一人荷物を降ろす。靴を脱ぐためにどっかりと座り、そこで初めて異常に気付いた。
私の足の横に、白い靴。
まさか、と思う。そういえば玄関からまっすぐ見えるリビングに明かりが付いていたような…?

私が振り向くのと同時に廊下とリビングを隔てていたドアが開かれ、私の疑問は瞬時に泡となって消えた。


「おう、おかえり!」

「…………デリック」


ひょっこりと顔を出したのは、金髪に独特のヘッドホンをしたデリックだった。ぱあっと眩しいくらいの笑顔を見せる彼は、まるで飼い主の帰りを待っていた犬のよう。心なしか、ピンと立った犬耳と、ブンブン振られた尻尾が見える気がした。

驚きながらも部屋に足を進める。料理の途中だったらしい。キッチンからは美味しそうな匂いが漂っていた。


「え、なんで」

「細かい話は後!もうすぐ晩飯できるから、顔洗って着替えてこいっ」


ぽんっと背中を押され、頭に再び疑問を浮かべながら洗面所へと向かう。後ろから、上機嫌な鼻唄が聞こえた。





「デリック、あがったよ」

「おー。…あ、ちっとここで待ってて」


お風呂からあがった私をソファの前に座らせて、デリックはリビングを出ていった。なんだろ。デリックもシャワー浴びるのかな。
なんだか今日ははてなマークばかりだ。デリックの意図がまったく掴めずに、それでも私が流されてるのは、疲労のせいかもしれない。

デリックはすぐに戻ってきた。その手にはドライヤーとブラシ。ぼすんとソファに座る。私を両足で挟むようにして、まだ濡れた私の髪を手に取った。すぐに暖かい風が髪に当てられる。
気持ちいい、と思った。基本的に、他人に髪を触られるのはあまり好きじゃない。けれどデリックが触れるのは、なぜか許すことができた。わしゃわしゃと私の髪を大雑把に乾かしてから、ブラシで丁寧にとかしていく。

段々とまどろんできた意識の中で、私はようやっと今日の疑問を話した。食事中は、ほとんどデリックの世間話で終わってしまったから。


「どうやって入ったの?」

「……自分の恋人に合鍵渡したことくらいは覚えといてください…」


ああ、と納得する。そういえば私が忙しくなる前に合鍵渡したんだった。そんな最近のことも忘れてしまうくらい、私は仕事に追われて追われて。
会社に行けば昼休みも返上で仕事。残業しても終わらないから当然家に持ち帰る。家に帰れば適当にご飯食べてお風呂入ってまたパソコンとにらめっこ。そんな一日を繰り返していたから。

だから、デリックを見た瞬間に、すごくすごく泣きそうになった。

その気持ちを思い出したからか、また鼻の奥がつんとし始める。だってデリックがいけない。忙しさのせいで忘れていた、「会いたい」という気持ちを思い出した途端に顔出すんだもん。


「……どうして、」

「うん?」

「どうして来たの?」

「んー?最近なまえに会えなくて寂しかったからさ」


あと、とデリックは言葉を続ける。


「なまえ頑張ってるから。ちょっとでも楽してくれたらと思って」


もしかして迷惑だった?と上からしょげた声が聞こえてきたから、私はふるふると首を横に振った。迷惑なわけないじゃない。嬉しい。

カチリという音と共に温風が止む。はいおしまい、と言ったデリックの上に、私はもそもそと乗っかった。


「えーと、なまえさん?」

「ぎゅうってして」

「へ?」

「ぎゅうって、して」


向かい合うデリックのシャツを掴む。デリックはなんだか緊張した面持ちで、でもそっと背中に腕を回してくれた。私もデリックの胸に顔を埋める。
久しぶりのデリックの匂い。ちょっと煙草の匂いがする。
その内に、デリックも私の肩に顔を埋めた。…ヘッドホン痛い。取っちゃえ。そう思ってヘッドホンを取ったけれど、デリックはそれほど気にしなかった。


「なまえ、いい匂いする」

「お風呂あがりだもん」

「……いきなりどした?」

「ん…、ありがとね」


ご飯美味しかったよ。その後の肩揉みも、髪乾かしてくれたのも、気持ちよかった。

広い胸の中でぽそぽそと言葉を紡ぐ。ああ、あったかい。デリックはいつだってお日さまのように暖かくて、だから私は彼のそばにいるといつも日向ぼっこをしているような心地好さを感じるんだ。


「……だいすき」

「俺も」

「寂しかった。私も、デリックに会いたかった」

「うん」

「今日ね、やっと片付いたの。仕事。だからね…今までよりは、会えるようになるよ」

「そっか。俺、もう限界だったから。なまえに会いたくて触れたくて堪らなかった」


全身を包む温もりと、耳元で囁かれる低い声に眠気が増す。最近ろくに寝ていなかったからか、すぐに意識を手放しそうになる。…やだな。せっかく、デリックがここにいるのに。久しぶりに会えた、のに。


「明日休みだからさ、今日はゆっくり休めよ。そんで明日はずっと一緒にいよう」


ああそうか、明日は休みか。そう思った瞬間に、一気に気が抜けた。声を出すことすら億劫になって、小さく首を縦に振るだけの返事をすると、少しだけ温もりが離れた。
ちゅ、と額にキスをされる。その後に唇に優しく優しくデリックのそれが触れた。



久しぶりのキスは、ちょっぴり苦い煙草の味がした。






夜浮かぶ太陽

おやすみ、俺の眠り姫










▽▽▽▽▽
彩夏さまリクエスト、疲れた夢主を甘やかすデリックでした!
とにかく甘く、ということでしたので甘くしてみたのですが…これは…もっとゲロ甘でもよかったのでしょうか…←
デリックは甘やかし上手な気がします。甘やかして欲しい時にちゃんと甘やかしてくれるような…。

彩夏さま、ありがとうございました!