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ここしばらく同じ風景、同じ人物しか映らなかった私の視界に、久しぶりに違う影が映り込んだ。違うと言っても、その姿形は今まで私を閉じ込めていた人物とまったく同じなのだけれど。


「なまえ!」

「……折原さん?」


勢いよく開けられた扉の前で肩を上下させるのは、黒いコートに白いファー、私の仕事の上司である新宿の情報屋、折原臨也だった。切れ長な赤い瞳に僅かに安堵の色を滲ませて(と信じたい)ゆっくり私に近づいてくる。

閉じ込められた姫を助けに来た王子様、そんなお伽噺にも似たシチュエーションに不覚にも胸をときめかせた私に与えられたのは、熱い抱擁でも甘いキスでもなく。


「あいたっ」


パコン、という軽快な音と頭に軽い衝撃。こいつ…わざわざスリッパ持って来やがったのか。


「何するんですか…」

「間抜けな部下の指導」

「…心配して助けに来てくれたんじゃないんですか?」

「そんなわけないじゃん」


即答ですかそうですか…。
はあ、と落胆からくるため息をついて、自分の手首を擦った。そこには赤いあとが残っていて、まだ少し痛みと熱を持っている。


「…それなに?」

「折原さんには関係ないですよ。間抜けな部下が勝手に怪我しただけです」

「は?なに言って、」


折原さんの言葉は途中で途切れてしまった。というのは、折原さんが突然振り向いてナイフを取り出したからだ。瞬間、金属と金属がぶつかり合う嫌な音が聞こえる。


「…またお前か、臨也」


折原さんの後ろから聞こえた、消えてしまいそうだけれどしっかりと芯のある、不思議な響きを持った声。折原さんと同じ声のはずなのに、全く違うように聞こえるのは、それだけ私がこの人たちと長くいるからだと思う。


「それ、こっちの台詞なんだけど。…八面六臂」

「なまえと俺以外の人間なんか要らない…。邪魔するなら君も消すよ」


折原さんが言った通り、折原さんと対峙しているのは黒いコートに赤いファー、私をこの部屋に閉じ込めた張本人である八面六臂だ。折原さんより深く紅い瞳は折原さんを捉えたまま、八面六臂はゆっくり言葉を紡いだ。


「なまえは俺と一緒にいるんだ」

「いい加減その自己中心的な考え止めてくれないかなぁ?彼女は俺の助手だよ?君のものじゃない」


──…俺のものだ。


いえ、違います。
このやけにシリアスで真面目そうな場面に、私は心の中だけで冷静なツッコミを入れた。だって要点がおかしいものこの人たち!

八面六臂は不機嫌そうな顔をさらに不機嫌そうに歪めた。たぶん折原さんも同じような顔をしているに違いない。


「臨也はなまえを愛していないんだろう?なら、なまえは俺と一緒にいた方が幸せだ」

「どうしてさ」

「俺はなまえを愛してるから」

「部屋に閉じ込めて逃げられないように手枷を付けるなんて、愛とは言えないね」


あちゃー、やっぱり分かってたか。そう、私の手首の痣は手錠によるもの。八面六臂はよく私を誘拐しては籠の中に閉じ込めたがる。でもそれ以外はすごく優しくて、まるで私を割れ物のように扱うから、そこまで嫌だと感じたことはない。

未だ睨み合う二人に一つ息をついて、間に割り込んだ。


「あーはいはい喧嘩はここでおしまい!ろっぴ、私お仕事溜まってヤバいからそろそろ帰るね」

「でもなまえ、」

「私に会いたくなったら誘拐じゃなくてちゃんと会いに来てって言ってるじゃない。ろっぴならいつでも大歓迎だよ!」

「……ん、」


眉を下げて頷く八面六臂の頭を撫でてあげる。いつも思うけど、そんな寂しそうな顔されたらほだされそうになっちゃうんだよね。
その気持ちをぐっと抑えて、私は折原さんに振り向いた。


「というわけで、仕事しますよ。行きましょう、折原さん」

「俺が迎えに来たのになにその言い方」

「…わざわざお迎えありがとうございます。折原さんには感謝しています」


これで満足か、と鼻を鳴らして部屋を出る。スリッパで叩かれた仕返しだ。
ところが、肝心の折原さんが部屋から出て来ない。不審に思い部屋を覗きこむと、拗ねたように頬を膨らます折原さんがいた。うわあ写メ撮りたい。


「どうしたんですか」

「なんで、」

「はい?」

「なんで八面六臂は『ろっぴ』なんて渾名で呼ぶのに、俺は『折原さん』なの」


折原さんの発言に、私は情けなくもぽかんと口を開けた。
え、ええー…だってそれは、


「上司ですし」

「なら『臨也さん』でもいいじゃん」

「……もしかして嫉妬してますか?」

「バカじゃないの、んなわけないじゃん」


自意識過剰もいいとこだよね、と言う表情はどこかぎこちない。いつも飄々とした笑みを浮かべているから、尚更違いがわかった。
しかし困った。この、他人のことを言えない自己中上司は、私がその呼び方をしないと部屋から出てこないだろう。


「わかりました。…行きましょう、臨也さん」

「っ…仕方ないなぁ」


途端に顔を輝かせる臨也さんはまるで子供だ。相変わらず口が悪いが、いつもこのくらい可愛いげがあればいいのだけれど。

臨也さんを連れて廊下を進もうとしたとき、ぐいっと腕を引かれ、気付けば目の前にはドアップのイケメン。思わず目をぱちくりさせると、ふに、とくっついていた唇が離れた。


「愛してるよ、なまえ。本当は帰したくないけど」

「へ…あ、ぅ、」


何分今まで誘拐はされてもその…キスとかは無かったもので。頭の中がショート寸前という危うい状況で、今度は腰と後頭部に手を添えられてまた唇に感触、が。
さっきよりも強く付けられた唇に、息苦しくなって僅かに隙間を開けるとすぐに舌が割り込んできた。は、え?


「…ぷはっ、あ、あの、あの何を「帰るよ」


聞く暇もなく腕をぐいぐい引っ張られて玄関を出る。扉が閉まる直前に後ろを見れば、それはもう、不機嫌を極めた顔で八面六臂が立っていた。



マンションの外に出るためにエレベーターに乗る。その小さな箱の中で、落ち着きを取り戻した私は臨也さんにさっきの質問をもう一度尋ねた。


「なんであんなことしたんですか?」

「牽制だよ。あいつに対してね」

「え、あれは愛のキスでは」

「あり得ない」

「じゃあ舌入れなくてもよかったんじゃ」

「う、うるさい!君の分の仕事もして俺は疲れてんの!もう事務所着くまで何も喋るな」


横暴だなあ、とか、結局私の分の仕事もしてくれてたんだ、とか、後ろ姿でもわかるくらい耳が真っ赤、とか。

思うことはたくさんあったけど、今はとりあえず黙っておこう。その代わりと言ってはなんだけれど、私は未だ繋がれた右手にそっと、少しだけ力をこめた。






雪崩れ込む愛情表現

愛してるよ、上手く言えないけれど。
愛してるよ、言うのは簡単だけれど。










▽▽▽▽▽
獅子さまリクエスト、ツンデレ臨也とヤンデレろっぴが夢主を取り合うお話でした!
ツンデレな臨也さんは大好物なのですが、いざ書くとなるとなかなかに難しいものであまり可愛いツンデレにはならなかったかもしれません(汗)。八面六臂はわりとすんなり書けたのですが…。
このコンビは書いたことが無かったので、書いていてとても楽しかったです!

獅子さま、リクエストありがとうございました!