「つがるつがるつがるー!」
視界の端でサイケが津軽に抱きつく。朝ごはんの準備をしていた津軽は、苦笑してサイケの頭を撫でた。私も朝ごはんと自分のお弁当の準備をしながら、くすりと笑う。
とにかく津軽大好きっ子なサイケは、何かにつけて津軽にくっつきたがる。もちろん私にもなついてくれてはいるけど、津軽のそれは私なんかの比じゃない。
ただ、それは私にだって言えることで。私だって津軽のこと、大好きだし、抱きつきたいし、頭も撫でてもらいたい。でもサイケは私にとって弟のようなものだから、年上の意地とプライドでぐっと我慢しているのだ。
でも、今日は、ちょっと。
「……サイケ、それじゃ津軽がご飯食べられないよ」
「えー」
「えー、じゃなくて。サイケも食べられないでしょ」
「津軽に食べさせてもらうもん」
津軽の膝の上にちゃっかり乗っていただきますをしようとするサイケを諭したら、サイケはぷくっと頬を膨らませて、さらに津軽に「ねー」と同意を求めた。ううう…あざといっ。無自覚だとしても卑怯だよ……。
そんな私の心境を知ってか知らずか、津軽はサイケをやんわりと押し返して膝の上から降ろした。
「サイケ、サイケはもうご飯は自分で食べられるだろう」
「うー……」
「それに、早くいただきますをしないと、なまえが学校に遅れてしまう」
時計を気にしながら、津軽が言う。うわホントだ、もうこんな時間!ぐずるサイケを宥めながらさっさと朝食を済ませ、お弁当を引っつかんで玄関へと急ぐ。靴を履いて振り返ると、サイケががばりと抱きついてきた。
「なまえちゃん、いってらっしゃい!」
「うん、いってきます」
恒例のいってらっしゃいのぎゅーをするサイケの後ろで津軽と目が合う。あれ?なんか津軽、浮かない顔してる。でも次の瞬間にはいつも通りの優しげな笑みを浮かべて「いってらっしゃい」と見送ってくれた。
学校から帰ってくるとまたサイケが飛び付いてきて、おかえりのぎゅーをされた。私が受け止めたあと、サイケはまた津軽の方へ。どうやら晩ごはんの用意をしていたらしい津軽は、サイケを腰に携えて「おかえり」と笑った。むむむ…なんかサイケ、今日はやたら津軽にくっついてない?朝といい今といい、いつも以上にべったりである。
ご飯もお風呂も、寝るまでのテレビの時間も、ちゃっかり津軽の隣に収まっていたサイケがやっと眠ると(寝る時も津軽と一緒がいいとぐずった)、私は少し疲れた様子の津軽にお茶を出した。
「お疲れさま。なんだか今日は大変だったね」
「ああ」
ありがとう、と苦笑しながらお茶を受け取ると、津軽は私の隣にすとんと腰を下ろした。二人分の重さにソファが沈む。しん、と何の物音もしない部屋で、久しぶりの沈黙に私たちはしばらく浸っていた。
「……」
「……」
「えと、津軽」
「なまえ」
二人同時に口を開いて、思わず顔を見合わせる。
「えっ、な、なに?」
「いや…なまえこそ、どうしたんだ?」
「あ……わ、私は、その…つ、疲れてるとこ悪いんだけど、津軽、ぎゅーしてもいいかな…って」
しどろもどろになりながらそう言うと、津軽は一瞬きょとんとした後に、にっこり頷いて両腕を広げた。まるで「おいで」と言われているようでちょっと気恥ずかしいけれど、それにつられるように津軽に抱きつく。
背中に腕を回して、顔を津軽の胸に埋めて、ぎゅうっと抱きしめる。……ああ、安心する。津軽がそっと私のことを抱きしめ返してくれた。
「(あ……、)」
今さらながらにサイケに嫉妬していた自分に気付いて、さらに恥ずかしくなる。今日の私、サイケに津軽を取られたみたいで、悔しかったんだ。
津軽の腕の中でぬくぬくと寄り添っていると、不意に津軽が私の頭を少しだけ強く自分の胸に押し付けた。
「なまえ」
「ひゃっ、は、はい!」
「俺も、同じこと言おうとしてたんだ」
耳元で囁かれる低音ボイスに、勝手に体が熱くなる。そんな私を逃がさないとでも言うように、また腕に力が込められた。
「いつもサイケが俺かなまえに抱きついているから、俺はなまえに触れることができなくて」
「津軽…?」
「俺も、こうやってなまえを抱きしめたかった」
すり、と津軽にしては珍しく甘えてくる。肩に埋められた金髪を、さっきまで津軽がしてくれたみたいに撫でてあげると、津軽はほう、と安心したように息を吐き出した。
なんだ、私たち、おんなじ気持ちだったんだね。
触れたいと願って、触れたらすごく安心して。
「つがる、」
「ん」
「大好き」
「ああ。……俺もだ」
津軽の温もりに包まれて、瞼が重くなる。まあ、今日ぐらい、サイケから津軽を取ってもいいよね。
心やすまるヒト「(ぶーっ!津軽となまえちゃんだけずーるーいー!おれも一緒に寝たいのに…。……でも、今日ぐらいがまん、しようっと)」
▽▽▽▽▽
小町さまリクエスト、津軽をぎゅーっとするお話でした!
あの、なんかちょっとおとなしめなお話になってしまってすみません…!当初はもっと元気なお話になる予定だったのですが…あれですサイケに全部持っていかれました(笑)。そして滅多に書かない甘えた津軽さんでした!書いててとても楽しかったです(^^)
小町さま、ありがとうございました!