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屋上へ向かう階段の途中。タン、タン、と降りてくる足音に顔を上げると、そこには見知った顔があった。


「なまえ先輩」

「やっほー折原。この時間に屋上行くってことは、またサボリかい?」


いっけないんだあ、とまるで小学生のようにからかうのは、学年が一つ上のなまえ先輩だ。先輩とは人間観察兼シズちゃんのケンカの高みの見物中に出会った。とてもいい天気で、声を掛けられた時にその綺麗な髪が穏やかな風に揺れていたことは、俺に強烈な印象を抱かせた。


「どうでもいいけど、サボリ過ぎて留年しないようにしなよ?頭良くたって出席数足りなかったら意味無いんだからさ」

「わかってますよ」


まるで保護者のような言葉に苦笑で返す。これでいて結構適当な人なのだ。最初の印象が強すぎて、実際に言葉を交わしたらそのギャップに驚いたほど。

先輩は不思議と俺と鉢合わせることが多い。今みたいに屋上へ向かう途中、屋上で暇を潰している時、休み時間の購買など、校内ではやたらと顔を合わせていた。俺にとっては、そんななまえ先輩が愛する人間と一括りにできなくなることは、時間の問題で。


「……でも、そうだな。先輩がそう言うなら素直に教室へ戻りますよ」

「ん、よろしい!」


階段の段差のおかげで俺よりいくらか目線が高い先輩が満足気に俺の頭を撫でる。最初は抵抗があったこの行為も、今では単純に気持ちのいいものとしてインプットされている。だから、むしろ撫でられたくてたまにはこうやって言うことを聞いてやるのだ。


「さて、じゃあ早速行きますか」

「そういえば、どうして先輩は屋上に?」

「……」

「サボリですか」

「私は折原と違って授業真面目に受けてるから一回くらい許されるんです」

「一回だけなのは体育でしょう?全教科合わせたら一体何回サボってるんだか」

「う、うるさい!後輩が先輩をからかわないの!」


正直、俺がなまえ先輩のことを先輩として見ているかということに関しては、かなり疑問が残る。だって彼女は先輩という肩書き以上に、人間として、女性として魅力的だったから。そうさ、俺は先輩に惚れているんだ。初恋なんて青臭くて甘酸っぱいものを、今まさに味わっているわけだ。


「先輩、今日一緒に帰りませんか?」

「あ……ごめん、今日はちょっと無理、かな」


今まで世間話にからからと笑っていた顔が一気に赤みを増す。俺が先輩を先輩だと思い知らされる唯一の、だけど絶対的な要因がそこにはあった。

なまえ先輩は、先輩と同じ学年の男子生徒と付き合う手前まで発展していた。昼休み、先輩の学年の階の廊下で二人仲良く笑い合っていた光景は今でも鮮明に思い出せる。俺に向ける笑顔とは違う。後輩に対するどこか保護者のような笑みと、純粋に友として、または想い人として向ける笑み。同じなわけない。それからは、なまえ先輩の周りの人間関係を見る度に、もし俺と先輩が同じ学年だったらと、羨望と嫉妬が入り交じった醜い感情に支配される。

今日もまた、あの男子生徒と帰る約束でもしたのだろう。いつもはどちらかと言えば男勝りな振る舞いをする先輩も、この手の理由がある時はそれは可憐な少女に成り果てる。それはお世辞じゃなくても可愛い。その可愛い顔をさせているのが俺じゃないのが、すごく不満だけど。

そんな想いを長い間抱え込んでいた俺は、きっともう限界、で。


「…気に入らない」

「え?…った、ちょっと、折原…?」

「どうしてあの男なの?俺は、先輩にとってただの後輩にしかなれない?」

「折原?なに言って…」

「もう限界だ」

「意味わかんなっ…んん!」


手首と顎を掴みピンク色の唇に無理矢理俺のを重ねた。ビクリと先輩の肩が震える。瞬間、ゾクリと背中に得体の知れない何かが這い上った。それは罪悪感なのか、歪んだ快感なのかはわからない。


「……ッいい加減にしろ!」


息継ぎの為に唇を離した瞬間に先輩は俺の腹目掛けて渾身のパンチを繰り出した。少なからず興奮状態だった俺はモロに食らう。…結構痛い。だけどおかげで、一気に冷静さを取り戻すことができた。


「容赦な…」

「当たり前だ手加減しなかったんだから」


背中を丸めて先輩を涙目で見上げるとキッと睨み付けてくる。ああくそ、俺嫌われちゃったかなあ。当たり前か、いきなりキスとか普通しないよね。しかも嫉妬して、とか。

ないない、と心中らしくもなく落ち込んでいると、上から先輩の声が再び落ちてきた。ただ、今度はひどく小さな声。


「初めて、だったのに…」

「は?」

「理由を言え、理由を」

「……言いたくない」

「先輩の言うこと聞きなさいよ」


口を尖らせた先輩から視線を逸らすと、その視線を戻すように耳を引っ張られた。というかあれ、思ったよりも怒ってない…?そう感じたら、するすると言葉が競り上がってきた。


「……せんぱい、」

「なに」

「好きです」

「ん」

「俺、もう『ただの後輩』はやだ」

「…ん」


俺が素直に告白をすると、先輩に頭をわしゃわしゃと撫でられる。


「いい子いい子。素直でよろしい」

「だから、そういう扱いはもういやだって、」

「私も好き」

「………………は?」

「私も折原のこと、好き」


さすがの俺も予想していなかった言葉に、開いた口が塞がらない。ずいぶん間抜けな顔をしているだろうと自分でも思いながら、それでもどうしても驚きが勝ってしまってどうにもならなかった。
だってそうだろう。先輩はあの男のことが好きなんじゃなかったのか。


「気付いちゃったものはしょうがないでしょ」

「意味がわかりません」

「あいつより…その、折原の方が……好きだって。今気付いちゃったんだもん。いきなりキスされて、嫌だって思わなかったし…なんか、よくわかんないけど、嬉しかった、し……」


頬を染めるなまえ先輩。可愛い。どうしよう。可愛い。
その顔をさせているのが俺だとわかったとき、どうしようもない気持ちが込み上げて、気付けば先輩が腕の中にいた。いつも風に揺れるさらさらの髪に触れる。柔らかい。


「…じゃあ、臨也って呼んでください」

「じゃあ、私のこともなまえって呼べ」

「先輩が呼んでくれたら」

ぐ、と腕の中で息を詰まらせる先輩は耳まで真っ赤だ。その様子を見てくすくすと笑みを溢せば、とん、と軽いパンチが繰り出された。ああもう、この人はどれだけ俺を振り回してくれるのだろう。


「これからよろしく、なまえ」

「……臨也のばーか」


せっかく初めて名前で呼んでもらえたのに、なんともつれないセリフ。けれどそれが先輩らしくて、そんな先輩が可愛くて愛しくて、俺はさらに腕の力を強めた。






ラズベリーにくちづけを

「ってかここ学校!てか授業行かなきゃ!!」
「今日はもうずっとこのままがいいですなまえ先輩」
「名前で呼べっつっただろ」
「突っ込むとこそこ?」










▽▽▽▽▽
零華さまリクエスト、来神の先輩後輩で切甘でした!

なんだか結末が迷子気味になってしまい申し訳ありません…!先輩後輩という設定を活かしきれなかった感が漂ってますね…(><)
臨也には片想いしてもらいました。年上を使ってなんでもできる臨也にもどうにもならないことがあるという場面を書きたくて…!

零華さま、ありがとうございました!