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片想いとは、実に辛く苦しいものである。

辞書的な発言は置いておくとして、私は只今絶賛その片想い中であるわけですが……攻略法はまだ見つかりません。


「(臨也さん、どうすれば振り向いてくれるんだろ…)」


仕事の上司である折原臨也さんに恋心を抱いたのは結構前。変な性格をしているとは言え、基本的に優しいし、何よりかっこいい。


「何考えてるの?」

「は、わっ、臨也さん!」


突然ひょいと顔を覗きこまれて肩どころか体が跳ねた。綺麗なその顔がにんまりと笑みを作っている。バサバサと落とした書類を掻き集めながら、私は顔に熱が集まるのを感じていた。い、いきなりイケメンがドアップで映ったらびっくりするに決まってる…!


「動揺しすぎ」


くすくすと目を細める臨也さん。ああかっこいいな。……臨也さんにとって、私はどんな存在なんだろう。やっと手の中に揃った書類をテーブルに置きながら、ふとそんなことを考える。本人を目の前にしてどうかと思うけど、気になるものは気になるのだからしょうがない。


「あの、」

「ん?」

「臨也さんにとって、私はどんな存在ですか?」


言い終えてから、なんて軽率な発言をしたんだろうと自分を殴りたくなった。慌てて手のひらで口を覆ったけれど時すでに遅し。臨也さんは興味深そうに「へぇ…」と呟くと、何かを考えるように顎に指先を置いた。


「……駒かな」

「は、い?」

「もちろん愛するべき人類の中の一人だという認識もあるけど、なまえは俺に割りと近いところにいるからね。俺にとっては、手軽に動かせる駒って感じかな」


ちょうどテーブルの上にあったチェスから駒をつまみ上げて臨也さんは笑う。一息に纏め上げられた言葉に私は一瞬頭の中が真っ白になる。喜んでいいのか悪いのかわからない。他の人よりは近い場所にいるのに、私はどうせ捨て駒なんだと、そう直感的にわかってしまったから。
だから、欲張ってしまった。捨て駒でも、せめて。


「私には、私だけの役割があるってことですよね?」


縋る思いがどこかにあったかもしれない。私にしかできないこと、私だけに頼めることをした後に捨てられたい。

しかし、穏やかな笑みで臨也さんが紡いだ言葉は、私の心を引き裂いた。


「別に?君じゃなくても、代わりはいっぱいいるし」


気付けば私は震えていて、震えた足でもたつきながらマンションを飛び出していた。臨也さんの笑顔が消えない。あの言葉が頭の中で反響するたび、頭がガンガンと痛んだ。いや、ほんとうに痛いのは、あたまじゃなくて。


「(こころが…いたい)」


私の恋心が悲鳴を上げているのだ。ひび割れていくそれが、破片となってまた私に突き刺さる。
思い出さなければいいのに、浮かんでくるのは今までの日々。走馬灯のように流れていくそれは、仕事ができて誉められたり、一緒にご飯を食べたり、買い物をしたり。こんな時に限って楽しい時間ばかりが浮かんでは消える。そんなの、思い出したって辛くなるだけなのに。

ふらふらと街を彷徨う。辺りはもう日が落ちて暗くなっていた。あの会話は朝のものだったから、半日は経ったんだろうな。歩きっぱなしの足は棒のようになっている。休みたい。帰りたい。でもどこに。今の私は臨也さんの家に居候させてもらっている。…戻りたくは、なかった。

その内ポツリと冷たい雫が肩に当たった。


「雨……」


そう言えば今日は夜から雨が降るって予報だったっけ。夜にお出掛けするなら、傘忘れないでくださいねとコーヒーを差し出しながら言ったことを覚えてる。
どうしてこうなってしまったんだろう。なんで私は、あんなことを言ってしまったんだろう。私があんなことを言い出さなければ、今日もいつも通りの日常を笑って過ごしていた筈なのに。

いよいよ本降りとなってきた雨に、足にムチを打って屋根のあるところまで走る。喫茶店の屋根の下で、壁に凭れ掛かると、一気に力が抜けた気がした。


「君、一人?」

「どうせならさ、一緒に喫茶店入らない?」


半ば無気力に近かった私は、突然話し掛けてきた男の人たちに返事をするのも面倒で黙っていた。たぶんナンパされてる。でも全然嬉しくない。相手が、あの人じゃないと。

そこまで考えてはっと気付いた。
あんなに酷いことを言われても、結局私は臨也さんのことばかり頭に思い浮かべている。楽しい記憶ばかり、あの人の笑顔ばかり。


「あれあれ?拒否らないってことはオーケーってことでいいんだよね」

「じゃ、早速行きますかー」


パシリと手首を掴まれてようやく危機察知能力が働き出した。やだ、なにこの人たち…。さっき喫茶店に入るって言ってたのに…!

ぐいと引っ張られて足がよろける。一度気が抜けた足は踏ん張ることもできずに引き摺られるだけだ。少しだけでもと腕を振ると、振り返った男の人はすごく不機嫌そうな顔をしていた。


「おい、今さら嫌がってるわけじゃねぇよな?」

「え…あ……」

「いいから来いよ!」

「それはできない相談だな」


ひゅん。何かが耳元を横切った。同時に後ろに引き寄せられる。とすんと背中に当たるのは思っていたより男らしい胸板。指輪にファー、何より聞き覚えのある声に私は本日2度目のフリーズを起こす。


「勝手に俺のモノに触らないでくれる?」

「ナ、ナイフ…」

「こいつやべえって!」


狼狽えながら男の人たちは逃げていった。あっさり解放された手首がぷらんと重力に従って元の位置に戻る。未だ放心状態の私は機械人形のようにキリキリと音をたてそうな勢いで首を回した。そして、ナイフをしまっているその人の名を呼ぶ。


「……いざやさん」

「困った子だね。誰がこんなに遅い時間まで出歩いていいって言った?」

「どうして…」


そう、どうして。捨て駒に過ぎないのなら、代わりがいくらでもいるのなら、私を迎えに来なくたっていいはずなのに。雨の中、わざわざ探しに来なくたって。


「失くして初めて気付くなんて、思わなかった」

「え?」

「たった半日間、なまえがいないだけで、どこか物足りない。仕事も手につかないし、代わりの子を呼んで仕事をさせても、なまえとは違ってイライラした。……上手く言えないけど、」


まあ、つまりは。


「俺はもう、なまえが傍にいないとダメみたいだ」


苦笑混じりにそう言った臨也さんは、私の頭に手を置いて「ごめん」と呟いた。

それだけで、私の目からはぼろぼろと雫が溢れ出す。ずるい。この人は、ずるい。だって私、あんなに酷いこと言われたのに。ほんの少しの言葉で、またこんなに私を惹き付ける。心を、許してしまう。


「帰ろう。ほら、傘だってちゃんと持ってきたんだよ」


朝、なまえに言われたから。
黒い傘を広げて、臨也さんは私の手を握った。今さらだけどその手は冷たくて、コートは濡れていて。だから、強くその手を握り返した。


「…持ってきても、使わなきゃ意味ないじゃないですか」

「それはそうだ」


私と同じく、いや私以上に全身がずぶ濡れな臨也さんはどこか上機嫌だ。……やっぱり変な性格してる。でも、それでも。

どしゃ降りの雨の中、私は今までで一番幸せな気分に浸っていた。






さよなら私の恋心

「攻略しちゃった」
「何の話?」
「なんでもありません!」
「???」










▽▽▽▽▽
りいさまリクエスト、臨也で切甘でした!
タイトルは前半と後半で意味が違ってきます。というか、臨也さん酷いことさらりと言ってますね…。たぶん調子に乗っていたんだと思います。この子は離れないから大丈夫だろ、みたいな。臨也って割とそういうところありません…か?油断というか過信というか…。人の心を完璧には掴めていない節があるような……って、なんだか語ってしまいすみません!後半は辛く当たった分デレていただきました(笑)

りいさま、ありがとうございました!