「じゃ、いってきまーす」
「いってくる」
「「いってらっしゃい!」」
玄関まで見送りに来てくれたイザにゃんとサイケの頭をひと撫でして、「みんなのこと、よろしくね」の言葉に頷いた津軽を見てから、私と静雄は家を出た。
今日は、久しぶりのデート。家にいるとどうしても二人きりになる機会は減っちゃうし、今日は楽しむぞ!
……と、ルンルン気分で家を出た私たちの背中を怪しい笑みを浮かべて見送る人がいたことに、私たちは気付くことができなかった。
デートと言っても綿密な計画があるわけではなく、池袋を散策しつつ、買い物したりご飯を食べたりした。でもそれだけで終わるはずがない。一つだけ行く場所が決まってたりする。いま私たちはそこに向かって歩いているわけだけど。
「大丈夫?」
「ああ…」
横を歩く静雄はなんだか疲れているように見える。……かくいう私も若干疲れているのだけど、何もこれはデートが疲れるとかそういうことじゃない。
私たちの行く先々で、何かしらトラブルが起きるのだ。買い物では陳列棚が倒れてきたり、欲しかった商品が目を離した隙に無くなったり。レストランでは空いていても全部予約席で埋まっていた。その上静雄が「ノミ蟲の匂いがする」と道を歩いている時でさえ気を尖らせているのだ。
これではデートを存分に楽しめる筈もなく…というか逆に気持ちは下がる一方で。
「今日はもう家帰る?また今度一緒に出掛けてもいいし」
「いやだ」
「でも…」
「こりゃ全部あのノミ蟲のせいだ。ここで帰ったらあいつに負けたみてぇで気分悪ぃ」
……完全に意地になってる。
まあ、ここまで来たらもう静雄のやりたいようにすればいいか。私たちが行きたい場所はあと一つだし。
そこまで考えてふぅ、と一息つくと、繋いだ手が強く握られた。
「それに……やっぱ、どんだけ邪魔が入っても…今日はなまえと一緒にいたい、し」
「しず、」
「また今度とか、俺きっと待てねぇ」
このデート自体一ヶ月ぶり。きゅっと眉根を寄せる静雄。でもそれはイライラとかじゃなくて、聞き分けの悪い子供が駄々をこねているような、そんな幼いもの。
だから私は小さく笑って、その手を握り返す。
「そうだね。きっと私も静雄不足になっちゃう」
「っ…、なまえ」
「さ、行こ。楽しみだなぁ、水族館!」
そう言って、私は目的地であるサンシャインを見上げた。
リニューアルした水族館は夕方だと言うのにやっぱり混んでいて、中は人でごった返していた。油断したら簡単に人に流されそうだ。それでも水族館は独特の魅力を持っていて、人もそんなに気にならなくなった。まあそれは、静雄が強く私を捕まえていてくれるってのもあったりする。…恥ずかしいからそんなこと言わないけど。
「あっ、見て静雄、この魚かわいい!」
「…そうだな。(はしゃぐなまえの方がかわいいっつーの…)」
「ね、あっちの水槽も見に行ってみようよ」
「おーっとごめんよ!」
移動しようとした私たちを引き離すように、人がぶつかった。というか並んで歩く二人の真ん中に突っ込んできた。……あれ、金髪にヘッドホン?
当然私たちは一瞬繋いでいた手の力を緩めるわけだけど、それを見越したように、私は後ろから引っ張られ、静雄はぶつかった人に押されるようにして、結局人混みに紛れてしまった。けれど私が呼んだのは静雄の名前ではなくて。
「津軽にサイケ!?」
「すまない、なまえ」
「おうちに帰ったらちゃんとあやまるから、今はゆるして!シズちゃんともすぐに会わせてあげるね」
申し訳なさそうに私の腕を掴むのは津軽とサイケ。どうしてここに、と思ったけれど、今日一日のことを思い出して納得した。静雄の言う通りだったんだ。臨也がこの子達を使ってデートを邪魔していたんだろう。だってこの子達がこんなことを進んでやるとは思えないし。
「まあ、いいよ。悪いのは全部あいつだろうし」
「……すまない」
こっちだ、と二人に手を引かれながら、静雄の方は大丈夫かな、なんて考えた。
「──シズごめん!」
「一応僕たちは臨也さんを止めたんですけど…すみません、結局協力する形に…」
「……」
「ほんと許して!お詫びにこれやるから!」
ゆらりと拳を作った俺に、ひーっと謝るデリックが差し出したのは2枚の紙。どうやら展望台の入場券らしい。
「これ…」
「今からなまえと引き合わせる。大丈夫、あっちには津軽とサイケが付いてるんだ」
「臨也さんには、僕たちから上手く言っておきます」
今日一日邪魔されてたというのに、なぜか感謝の気持ちが込み上げる。おかしいな。俺はこいつらにもっと怒っていいんじゃねぇのか?……いや、違うか。元凶はあのノミ蟲野郎なんだから、あいつを殴れば万事解決なわけだ。だったら、今はこいつらに素直に感謝しとこう。うん、それでいい。
簡潔な答えを出した俺は、先を行くデリックたちを見失わないように、人混みの中を大幅で進んだ。
何故か地下のエレベーターの前に連れてこられた。これって展望台まで一気に行くやつだよね?首を傾げていると、静雄たちが現れて私たちはやっと合流することができた。
「二人とも、本っ当にごめん!!」
「いいって。でもどうしてここなの?」
「ん、デリックからこれもらった」
ぴらりと静雄が取り出したのは展望台のチケット。なるほど、ここから展望台に行くわけですか。
思わぬプレゼントに、私は当然嬉しくなって、早速エレベーターに乗り込んだ。…ん、あれ、どうして津軽たちまで乗るの?私の隣で、津軽が苦笑を漏らす。
「嫌な予感がするからな」
「嫌な予感?」
「あ、ついたよ!」
「ごきげんようなまえにシズちゃん!デリックたちが展望台のチケットを買っていたのは調査済みさ!なんて言ったって俺は素敵で無敵な情報屋さんなんだか「はーい臨也さん、一般のお客様のご迷惑になりますので俺らと一緒に帰りますよっと」ちょっとデリック!?」
エレベーターのドアが開いた瞬間、ラスボスのように真正面に仁王立ちしていたのは、イザにゃんを抱いた臨也。とことん邪魔をするつもりらしい臨也を、デリックががっしりとホールドする。……私と同い年の人間がすることじゃないよこれ。
「君らは俺の味方でしょ!?」
「これ以上は無理だ、臨也」
「いくらなんでも、やりすぎです」
「「ふたりとも、いってらっしゃい!」」
騒ぐ臨也を乗せたエレベーターはあっという間に行ってしまった。一瞬の出来事に、静雄と顔を見合わせる。それからぷっと吹き出して、私たちは展望台へと足を進めた。
日が沈むのもだいぶ早くなって、池袋はもう夜の街へと姿を変えている。私と手を繋ぐ静雄を見て、なんともなしに笑みが溢れた。
「……ふふ」
「どうした?」
「今日は、久しぶりに静雄と手繋いだなーって思って」
「……っ」
「やっぱり私、静雄の手好きだな」
おっきくて、あったかくて、優しくて。そう言えば静雄は握った手に少し力を込めた。きゅっと繋がれた手はとても心地好い。
「今日はいろいろあったけど、楽しかったね」
「いろいろありすぎだ」
ちょっとだけ不貞腐れたように静雄が言う。その様子にまた笑って、静雄にそっともたれかかった。ぴくんと反応する肩。でもしっかりと私を受け止めてくれる。
「……なまえ」
「なに?」
「好きだ」
穏やかなその声に、私もだよ、と返して、また少しだけ静雄に寄り添った。
恋もデートも障害はつきものです。「ただいまー…って、あれ」
「なまえ…臨也が拗ねちゃって出てこねぇんだけど」
「……放っときなさい」
▽▽▽▽▽
ネコマルさまリクエスト、子猫設定で池袋デート中にこっそりついてきた臨也&派生組に邪魔される甘ギャグなお話でした!
これは…甘ギャグ?ギャグ要素少なくてすみません!汗
最初は日々也に白馬で連れ去られるなんてネタもあったのですが、そこまでいくともうこっそりじゃない!となりボツになりました…笑
リクエストに応えられたのか激しく不安ではありますがネコマルさまに捧げます(><)
ネコマルさま、ありがとうございました!