07





「……仁王くん?」
「俺の試合、さっき見とったろ」

 まさかバレていただなんて。そういえば私がいた位置は比較的仁王くんのいたコートから見えやすい場所だった気がしなくもない。

「うん、見てた」
「どうじゃったかの。お前さん初めてじゃろ。俺のテニスしとる姿見るん」
「なんていうか、その、楽しそうだった。それになんだか圧倒されちゃった」
「楽しそう……か。ありがと、さん」

 仁王くんはどうやらその言葉に満足したような、けれどどこか不満気に語尾を下げた。けれどすぐに何か思い出したように私を見た。
 こんなところをファンの人達に見られたらどうなるのだろうか。けれど他に場所もない。校門の辺りには、今は他の運動部の掛け声しか聞こえてこない。誰かが来ている気配もない。
 それならまあ、いいか。

「そういや補習、どうじゃった」
「仁王くんのおかげで96点だったよ」
「ほう、それはよかったぜよ。俺のおかげとはまた嬉しいのう」

 しかし、この数日で私もよくもまあここまで心変わりしたものだ。いつのまにか仁王くん、と普通に口に出せているし、彼の笑顔を見ると心が暖かくなる。
 今まで嫌悪していたのが嘘のようだ。これじゃあ私の方こそ詐欺師のようだ。嫌いだなんて、もう今では思えないし、なんで思っていたのかと疑問に思ってしまうほどだ。
 仁王くんも私が素直に仁王くんのおかげだと認めたのが嬉しいのか、彼は破顔させて喜んでいた。
 ――あ、すごく綺麗。

「そうだ仁王くん」
「なんじゃ、なまえ」

 そうだ。そういえば私は仁王くんに伝えなきゃいけない言葉があったじゃないか。今なら二人きりだし、素直に謝れる。
 私は小さく深呼吸すると、彼の目を見た。そして「2日前のことなんだけど」と前置きを入れた。ああ、でもやっぱり少し緊張する。でも、言わなきゃいけない。

「屋上でさ。私、仁王くんのこと嫌いって言ったでしょ」
「え、ああ……そうじゃな」
「それを、撤回させてください」
「撤回?」

 意味はわかったけれどいきなりなんだというような表情だ。うん、まあそうなるよね。
 けれど、今しっかりと伝えておかなきゃいけない。これを伝えなきゃ、私は自分とは向き合えない気がした。

「本当はすごく優しい人なのに嫌いなんて言って、何より私は詐欺師っていう異名と噂だけで仁王くんを嫌悪してたの。でも。さっきの試合もそうだけど、そのペテンでさえも綺麗に仕掛けてくるものだから……嫌悪するような騙し方じゃないんだって分かったの。だから、その……勝手に嫌って、勝手に冷たい態度を取って、ごめんなさい」

 ちょっとうまくまとめられなかったけれど、とにかくこれが私が今一番言わなきゃいけない言葉だ。
 彼はどこか予想通りというような顔していて、やっぱり私は彼にペテンをかけられていたのではないかというような気になってくる。

「まぁ、嫌われとる理由は予想が付いとったぜよ」
「本当にごめんなさい……」

 だからあのときやっぱり、と言っていたのだろうか。なんだか本当に申し訳なくて、私はもう一度謝った。

「別に謝らなくてもよか。これからいっぱい俺のこと好きになればええんじゃから」

 さらり、と、そんなことを恥ずかしがらずに言えるとは。さすが仁王くんと言うべきか。女性経験は少なくなさそうだから、やはり慣れているのだろうか。……それはなんだか、いやだ。

「のう、なまえ」
「なに?」
「改めてなまえのこと好きになっても、ええかの」

 私はそれを聞いた途端、再び2日前のことを思い出した。そうして心臓はすぐにばくばくと脈を打ち始めた。
 もしかしなくても、また告白されているのだろうか。彼に抱いていた嫌悪が消え、そうして再び面と向かって伝えられた言葉は私にとって十分すぎる破壊力を持っていた。
 もっと知りたい、仁王くんのことを、もっと。同時に知って欲しいのだ。人と関わりたくないと仮面を被っている私の本当の姿を。

「断ってもそうするんでしょ?」
「その返事だけでもさらに好きになったがのう。強気な子は好きじゃよ」
「……私ね、もっと知りたいの。仁王くんのこと」

 笑顔が見たい、もっといろんな彼の表情を知りたい。その綺麗な髪に、字を生み出す手に、指に触れたい。仁王くんの本当が、すべてが知りたい。
 ああ、なんだ。こんなに短い時間で私はこんなにも彼のことを好きになってしまっているではないか。けれど、まだ自分の気持ちをはっきりと伝えることなんてできない。きっと今この場で伝えたら、仁王くんは受け入れてくれるんだろう。でもなんだか、もう少しこの気持ちを温めておきたいと、そう思った。

「知りたいだけ知ればええ。隠す気はないぜよ。じゃから、俺にももっと、なまえのこと教えて欲しい」

 人を好きになる、というのはこういうことなんだ。知りたいと思えば思うほど好きになっていく。
 私は小さく頷いて、何か言葉を繋げようと思った。けれどなぜだかその言葉は全く思い浮かんで来なかった。あまりにも嬉しすぎたのだ。声にならないほどに。

「……あ、」

 そうしてやっと声になった言葉はそんな小さなものだった。

「なんじゃ?」
「その、お、お疲れ様。すっかり言いそびれちゃったね」
「律儀じゃのう。じゃけん、疲れた体にその言葉は一番沁みるのう」

 とりあえず、まずは一歩を踏み出してみよう。

「さっき補習のあと先生に飴もらったんだけど、食べる?」
「おお、食べたいのう。なんじゃ、数学のあいつとは仲ええんか」
「補習常連者だからね、私。あ、はい。カルピス味でもいい?」
「常連者やったんか。あ、俺それ大好きなやつじゃ」

 気がつけばそんな会話に心が満たされているのを、私は確かに感じていた。そうして明日からはきっともっと彼のことを知っていける。それにもっと好きになっていく。
 「じゃあの、また明日」と、そう言ってテニスコートへと向かう彼の後ろ姿を、影がなくなるまで見つめながら。



[ 7/7 ]



| →

[戻る]




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -