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「みょうじ、お前本当に数学だけは壊滅的だな」
「……はい」
「でもいつもは俺に全問解説させるのに、今回は最後の応用だけだったな。正直驚いたぞ」
「そういえば、確かに」

 数学の補習は、今日の小テストの一部の数字を変えてもう一度解かせ、その上でわからないところは解説を入れていくというものだ。補習のときは教科書などを参考にしてもいいので、私は仁王くんが書いてくれた例のルーズリーフを見ながらその小テストを解いていった。
 そのルーズリーフは本当に見やすかった。いつも補習のときは全問先生に解説させた挙句混乱してしまいわからなくなるのに、そんな私が、今回は一番最後の応用問題だけを先生に聞いただけだ。他の問題はすべて仁王くんのルーズリーフによってすらすらと解けてしまった。

「採点終わったぞ」
「どうでしたか?」
「96点、だな。最後の応用だけ少し間違っていた。だが凡ミスだ。それ以外では完璧だったな」

 頭でも打ったのか? と、冗談を言われてしまった。打ってません、全部仁王くんのおかげなんです。

「仁王?」
「このルーズリーフ、小テストが終わったあとに仁王くんがくれたものなんです」
「……なるほど仁王は俺より教え方が上手い、ということか」

 私は「今度授業代わってもらったらどうですか」と言ってみるも、先生はさすがにそれはまずいだろと笑いながら答えてくれた。
 学校でこうして会話が出来る先生はこの先生ぐらいだ。一年生の頃からこの先生が数学の担当なのだ。しかも補習常連者な私は、いつのまにか先生には教室にいる時とは変わって普通に会話ができるようになっていた。
 そういえば、仁王くんにも素を出せている気がする。思ったことは口にしないと気が済まない。けれどそのせいで小学校の頃は何度か友人と大喧嘩をしたことがある。そして当時親友だった友人を失くして以来、私は素を出さないようにしていた。
 それなのに、仁王くんには嫌いだなんて言ってしまったり。そんなお世辞にも良いとはいえない私の素に、彼は怒ったことはなかった。といってもそれほど会話をしたことがあるわけではないのだが。

「しかしお前と仁王、いつの間に仲良くなったんだ?」
「私にもわからないんですけど……気がついたら普通に会話できるようになっちゃって」
「じゃあ次の補習には仁王も来てもらうか」
「いや、さすがにあのテニス部レギュラーなのにそんなことしちゃだめですよ」

 しかも、次ということはまた近々小テストをするつもりなのだろうか。もう小テストなんてやめて欲しい。いや、寧ろ本番のテストの補習のことを言われている気がしてならない。
 テストだけは毎回ギリギリのラインで補習を逃れている私にとって、その一言は心拍数を上げるには十分だった。想像しただけで死にそうになってしまう。

「まあ、そうだな。さて……みょうじにしては珍しく補習が早く終わったな」

 先生はそう言うと少し待ってろと言い、私を置いて職員室へ行ってしまった。そうしてしばらく教室で待機していると、先生はなにやら飴の袋を持って戻ってきた。

「今日は頑張っていたからな。ご褒美だ。好きなだけもってけ」
「いいんですか?」
「……最近虫歯がひどくてな。歯医者に行く時間もない挙句に、一人暮らしなせいで虫歯が治るまでに食べてくれる人もいないんだよ」
「それじゃあ遠慮無くいただきますね」

 私は飴の袋の中から5個ほどお気に入りの味の飴を選んで、制服のスカートのポケットの中にいれた。

「じゃあ今日は終わりだ。次こそは頼むから補習なしで頼むぞ」
「ありがとうございました。次こそは任せて下さい、と言いたいところなんですが……次も多分、お願いします」

 そうして先生は苦笑いしながら今度こそ本当に教室を後にした。
 さて、こんなに早く補習が終わるとは思っていなかった。まだ17時を回ったところだ。いつもなら閉門時間直前までかかっていたのに。
 ――これも全部仁王くんのおかげ、なんだよなあ。
 そう思いながら、いっそこのまま本屋へ寄ってしまおうと荷物を片付けていると、聞き慣れた名前を呼ぶ黄色い声が聞こえてきた。

「仁王くーん! 頑張ってー!」

 そういえば私の教室の窓からはテニスコートが見えるんだった。思い出して、なにげに視線を窓の外へやれば、そこには見慣れた銀髪が見えた。
 ――彼のプレイスタイルが嫌いなんて思っていたけれど、実際に見たことなんてなかったな。
 本屋ならまだ閉まらないし、それにこんな機会きっともうない。私は鞄を肩にかけると、テニスコートへと足を運んだ。

「ゲームセット! 仁王・柳生、6-4!」

 対戦相手は丸井くんと、確かジャッカルくん。どうやら仁王くんと柳生くんのペアが勝利したらしい。
 ギャラリーの多さから、コートの周りに張ってあるフェンスからは若干離れた場所から見ていたのに、圧倒されてしまった。仁王くんに変装した柳生くん、そして柳生くんに変装した仁王くん。そんな彼らから放たれたレーザービームと言うらしい技。
 しかも変装していたと思いきや実は変装していないという、完全に裏を読んだ作戦。
 なるほど詐欺師の異名は伊達じゃない。そして、思っていたよりも綺麗に騙してくるものだから、詐欺師というのは寧ろ褒め言葉なのだろうと思った。テニスに関しては全くの素人なのだけれど。
 そして、やっぱり人の噂で好悪を判断するものじゃないと痛感した。何より柳生くんもそうだけど、仁王くんのテニスをしている姿は真剣で、けれどすごく楽しそうで。最後の方は、ギャラリーが一気に増えてきたせいもありうまく試合を見ることはできなかったのだが、それでもそんな彼の思いが伝わってくるものだった。

 ――そういえば私はそんな彼に告白されたんだっけ。
 一度そう思いだしてしまえばそのときのことばかりが脳内に浮かんでしまう。そうしているだけでもそのとき感じた胸の高鳴りまでも思い出してしまい、私はなぜか恥ずかしくなった。
 その高鳴りを鎮めつつコートに目をやれば、そこにはジャージを羽織った男の子が立っていた。そういえば何度か学校の花壇にいるのを見たことがある気がする。確か幸村くんだっただろうか。そして相手は細目の男の子……あれは、柳くんだ。
 テニス部に関わらないように、と思っていてもやはり誰が誰なのかはあまりにも有名すぎてわかってしまう。それに彼らの人気ももちろん知っている、そのせいだろう、ギャラリーが先程よりもかなり増えた気がする。こんな人ごみの中には長居はできそうにない。そろそろ本屋へと向かおう。
 私はテニスコートに背を向けて、校門へと歩き始めた。

「よう、なまえ」

 そうしてあと少しで校門から出れる、と思った瞬間名前を呼ばれた。振り向けば、そこには先程までテニスコートにいた銀髪の彼がいた。




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