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 あの数学の時間の後、先生のせいで謝りそこねてしまった私は、どうにかして仁王くんに謝らなければいけないと様子を窺っていた。
 けれど、相手は仁王くん。まさか彼のファンが大勢いる教室でそれをするわけにもいかない。(ものすごい批判――というか非難――を受けそうだ)
 ましてや廊下だって無理だし、どこか人気のないところに呼ぶ……なんてもっと無理だ。私の命が危ない。 というか、根本的にそんな勇気はない。


 今までテニス部の人にはほとんど関わらないようにしてきた。元から人と関わるのが苦手な私は、できることなら地味に穏便に暮らしていきたいと思っていた。
 だから、そんな派手な人達と関わってしまえば、きっといつの間にか女子らしい女子の輪の中に巻き込まれてしまう。そういういかにも女子!と言う子たちは苦手だし、そんな輪の中に入れられるのはたまったものじゃない。そのせいか友人は基本的に静かな子が多いし、いつの間にか私の傍らには常に本があった。本を読めば、基本的には人は寄ってこない。その空間は私だけのものになる。それが幸せだと思っていたのだ。
 それに、テニス部の人の中でも仁王くんのプレイスタイルは、噂を聞く限りでは嫌いだなと思っていたし、そもそも関わる機会なんて一生無いだろうから……と、彼を全否定しては、クラスメイトだというのに私の中では彼の存在を抹消するようにしていた。
 (柳生くんのファンはどうやらおとなしい子が多いらしい。彼の紳士なその態度から必然的にそうなってしまうのだろう。そのおかげで柳生くんだけは唯一例外なのだけれど)

 しかし席替えをしてからというもの、私はそんな今まで関わらないようにしてきたテニス部との関わりが増えた。
 一番最初は、確かくじ引きをして机を移動させた時、クラスの女子は私のことを見て口々に「うらやましい」とつぶやいていた。そんな声が聞こえてくる中で、仁王くんは私に「これからよろしくな」と言ってくれた。他の男子とも会話なんてしたことがない挙句、彼の存在を抹消していた私は、羨望の眼差しと、そのときあった彼への嫌悪と緊張で、ただぶっきらぼうに「よろしく」としか返せなかった。多分、目付きもすごく悪かったことだろう。自覚はしている。正直、これについても謝りたいと思っている。

 それから数週間後、6月に入ってからは丸井くんに話しかけられた。というよりは、謝られたという方が正しいのだろうか。
 そのときは確か休み時間で、私はお手洗いに行っていた。教室に戻ってみればクラスの女子の視線は私の席に集中していて、そこには自分の席でだるそうにうなだれている仁王くんと、私の椅子に座ってポッキーを食べている丸井くんがいた。
 まるで空気のように、私なんていないかのように勝手に椅子に座られていることなんて日常茶飯事だ。なのでそれは別に構わないのだけれど、問題は相手が丸井くんで、そしてその隣に居るのが仁王くんということだ。いつもなら自分の席に近づいて少しその横に立っていれば座っている人は気がついてくれるのだが、今回はそれさえもできそうにない。けれど教室のドアの前に立っていても埒があかない。仕方なく私は自分の席へと足を向けた。
 すると丸井くんは意外にも早く私に気がついてくれた。

「椅子、借りてたぜ。ありがとな」
「……別に構わないけど」
「多分また借りるけど邪魔だったら言えよな」

 そう言う丸井くんは、歳相応な雰囲気で、他の男子と同じように見えて、けれどどこか違う印象を受けた。優しい人なのだとすぐにわかった。
 しかし、そんな優しいであろう彼への返事は浮かんで来なかった。ただ一言、邪魔じゃないよ、と言えばいいのだろうが、如何せんそれが声には出て来なかった。まるで魚の骨みたいに喉のあたりで引っかかって、言葉にできなかった。少々戸惑いながら目線を泳がせていると、仁王くんが丸井くんをからかうように会話を始めてしまった。
 そんなときに聞こえてきたのはやはり「うらやましい」という女子の声。中には「ブン太くんを立たせて自分が座るなんて何様よ」という声が聞こえてきた。おい待て、ここは私の席だ。
 痛いほどの視線を浴びて耐えられなくなった私は、丸井くんと会話をしている仁王くんをちらりと見た。そのときの私の表情も、多分すごく冷たいものだったと思う。それは助けを求めたとかそういったものではなく、仁王くんのせいで非難されてるじゃない、という仁王くんとしてはお前何言ってるんだ、と思うであろうあまりにも自己中心的なものだった。
 
 それ以来私はなぜか仁王くんによく話しかけられるようになった。私はまた女子からのあの視線を浴びるのが嫌で、すごく適当な返事をしていた。
 そうして名前で呼ばれるようになったのが、2日前から。私がまともな返事を返すようになったのも2日前からだ。そして告白されて。関わらないようにしてきたはずのテニス部と、気が付けばこんなにも関わってしまっている。
 たった2日で起こった自分の変化に驚きつつも、そんな毎日が楽しかったりもする。

 結局、放課後になっても仁王くんに話しかけるチャンスなど見つからなくて。私は仕方なく数学の補習を受けるべく、仁王くんがくれたルーズリーフを参考に問題を解きながら、先生を待つことにした。


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 支離滅裂な上に名前変換少なくて申し訳ないです。次からようやく動き出します。



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