03





「お前、みょうじさんの隣なんだな」
「いきなりどうしたんじゃブンちゃん」
「いや、羨ましいなって思ってさ」

 学生にとってものすごく重要であろうイベント、席替え。俺とブンちゃんの在籍する3-Bでもそれは例外ではない。
 前期考査が終わり、季節は夏直前。ぜひとも窓際の一番後ろの席を確保したいところだ。しかしそうは思っていても、席替えは基本的にくじ引きで、やはりそれも例外に漏れず。
 運は無い方ではないと思うが、今回はついていなかったらしい。窓際の一列隣の、後ろから2つ目の席になってしまった。
 授業中寝ていてもあまり見つからない位置ではあるが、夏に窓際の席で感じる風が好きなため、少々残念である。
 ブンちゃんはどうやら廊下側の前から3つ目というあまりにも微妙な位置を引いてしまったらしい。
 そしてどうやらブンちゃんはそんな俺の席が羨ましいらしい。しかも理由が、女子のことで。
 
 みょうじ、さん。そういえば名前はわからない。けれどこのクラスの中の女子では少々変わっている存在であるということだけは知っていた。
 会話など一度もしたことがないし、顔もぼんやりとしかわからない。
 しかし、このクラスの女子はほとんどが俺やブンちゃんに話しかけてきてはきゃあきゃあと黄色い声をあげているような女子ばかりだ。ブンちゃんなんかは毎日休み時間の度にお菓子を餌付けされている。お菓子だけではなく、たまに弁当なんかも渡されているのを何度も目撃した。
 そんなクラスの女子の中でただ一人、みょうじだけは俺達のことなど存在していないか、もしくはクラスを騒がせている目障りな存在としか思っていないようだった。
 そう、その時は”俺たち”だと思っていた。

 数週間経って6月を迎えた。まだ夏じゃないクセに、暑い。だるい。

「仁王だるそうだな」
「なんでブンちゃんはこんな暑い中チョコなんざ食えるんじゃ。溶けてしまえ」
「暑いからこそだろぃ。あとこれ、夏でも溶けないチョコだし」

 休み時間はいつもの様にブンちゃんが俺の席にやってきては会話をするのが日課だ。
 しかしどうやらブンちゃんはただ俺に話しかけに来ているだけではないらしい。目的はきっとみょうじだ。気になる。
 俺は隣の席の彼女(その席には今ブンちゃんが座っている)が、現在席を外しているのをいいことに聞いてみることにした。

「そういやブンちゃん、なんで俺がみょうじの隣なんが羨ましいんじゃ」
「だってうるさくねえじゃん、お菓子はくれねえけど。それに美人だろぃ」
「はあ」

 まあ、確かに。隣の席になってようやく彼女の顔をしっかりと見ることができたが、ブンちゃんの言うとおり美人だ。少しつり上がった目。いつもは目よりちょっと下まである前髪がそれを隠してしまっているが、その目は綺麗だった。
 何よりアクセサリーはもちろん髪も染めていないし、メイクをしている様子も見えない。
 いつも何かしら本を読んでいるせいか、どうやら必要以上に人とは会話をしないらしい。けれど友達はいるようで、昼休みはたまに教室で他のクラスの女子と弁当を食べている。
 声も落ち着いていて、いつでも聞いていたくなるような。例えば先日、国語の時間教師が教科書の文章をみょうじに読むように指示した際に発せられていた声は、他の女子のようにボソボソとヤル気がないように読むような声ではなく、凛としていて、適当なボリュームで。寝る前に絵本か何かを読んでほしいと少し思った。

「あと、なんか俺達に媚びないとこがなんか、いいよな」
「そうじゃな。なんか知らんが微妙に睨まれとるしな」

 席替えのくじ引きのあとに机を移動して、隣になった彼女に「これからよろしくな」と声を掛けたが、「よろしく」とだけ返事をもらった。けれどその時に見えた表情はどこか冷めていて、まるで興味が無いものを見るようなものだった。

「あ、みょうじさん」

 ブンちゃんはそう言って、座っていたみょうじの椅子から立ち上がった。

「椅子、借りてたぜ。ありがとな」
「……別に構わないけど」
「多分また借りるけど邪魔だったら言えよな」

 その時に見えた表情は、冷めた目なんかではなくて。話したことのない男子に話しかけられ、ただ返事に戸惑っていたというような表情で。
 なんだそうか、普通に話しかけていけば返事を返してくれるんだ。そう思い俺はブンちゃんのあとに言葉を続けた。

「何言うとんのじゃ。ブンちゃんはいつも邪魔じゃろー、のうみょうじ」
「あ、なんだと仁王」
「冗談ぜよ」
「ったく……」

 いつもの冗談に、苦笑を浮かべながら反抗してくるブンちゃんとは違い、みょうじを見れば。俺の方を見ていた、けれどその表情は先程ブンちゃんに見せていた表情ではなく、以前俺に見せたあの冷たい表情で。
 俺達のことなど存在していないか、もしくはクラスを騒がせている目障りな存在としか思っていない、なんて。”俺達”ではなく、みょうじはそう思っていたのは”俺”だけであるというのがわかってしまった。
 ――嫌われている。これは確実に。
 何かをした覚えはないが、しかし確実に俺は彼女に嫌われているらしい。
 
 それからだった。みょうじのことを意識し始めたのは。俺はどうにかして彼女のブンちゃんに向けていたような普通な表情が見たくて、何度も声を掛けた。
 けれどそんな俺の努力はことごとく無に帰していた。本に夢中なこともあるのか何度もスルーされ、返事が返ってきてもその声はすごく不機嫌で、しかも適当だ。
 一体俺が何をしたと言うんだ。怒りはわかないが疑問ばかりが浮かぶ。
 そうして気がつけば彼女のことをもっと知りたくなっていて。学校の生徒のほぼすべてのデータを所持している参謀に彼女のことを聞いたり、去年同じクラスだったという柳生(どうやら柳生は何度かみょうじと本の貸し借りをしていた挙句かなりの頻度で会話していたらしい)にも話を聞いてみたり。
 そんなことをしていたせいで、必然的に俺は彼女を好きになっていた。
 
 授業中、意を決して勝手に名前で呼んでみたはいいものの、表情からは「名前で呼ぶな」というのが痛いほど伝わってきた。
 そのあとの昼休みの告白も全部、全部本心だった。ペテンなんかでは断じて無い。が、疑われてしまったのは確かで。それが心底悔しくて。けれど彼女が、俺の異名のことについて知っていると知った瞬間たまらなく嬉しかった。それにきっと、彼女はそれが嫌なのだろう。
 人を騙して勝利する。そんな考えが嫌いなのだろう。そのために俺のことも嫌いになったのだろう、と自己解釈した。
 それならば普段の俺をもっと知ってもらえばいいだけの話だ。

「――すまんがこれからも片想いとアプローチはさせてもらうから覚悟しんしゃい」

 絶対に惚れさせてみせるぜよ。
 屋上を後にし、階段を下りながら、俺はそう固く決意した。




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