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「お前さん、俺の彼女になりんしゃい」
 あまりにも唐突に、しかしどこか確信を持った声でそう言われた。


 それは一時間ほど前のこと。席替えで隣になった、わが立海大附属中男子テニス部で、コート上の詐欺師と恐れられている仁王雅治。
 3年生の今年、始めて同じクラスになった。けれどさすがはテニス部レギュラー。始めて同じクラス、とは言ってもその名前は彼がレギュラー入りしてからは聞きたくなくても聞こえてくる。そんな噂の彼のテニススタイルに、私は嫌悪を抱いていた。
 人を騙す、だなんて。そんなの。たとえ戦術だとしてもいやだし、それになにより彼のその詐欺師の異名はコート上だけではなさそうで、それにも嫌悪した。
 同じクラスになってもそれは変わらず。隣の席になってからは尚更だ。以前何度か話しかけられたことはあるが、ことごとく無視するか、適当な返事を返しているほどだ。

 そして今は授業中。素早く消されていく黒板を必死でノートに写していると、彼、仁王雅治に小声で呼ばれた。

「のう、お前さん」
「……なによ」

 こっちは必死で消されていく黒板の意味不明な数式と戦っているのに、こんなタイミングで呼ばないでほしい。
 そう思ったせいか出てきた声は不機嫌全開だ。しかし気にせず、私は黒板を写しながらも彼の返事を待った。

「すまんがシャー芯くれん? 切らしたのすっかり忘れててのう」
「別にシャー芯ぐらい構わないけど」
「ありがとさん。助かったぜよ」

 ほら。こういうよくわからない口調とかにだって嫌悪してしまう。
 確かに普通に接する分にはいい人なのかもしれない。しれないけど、でも。なんだか騙されている気がしてならないのだ。
 と、いうか。あんたがシャー芯切らしたせいで一番重要な公式の解説を聞き逃した挙げ句補足が書けなかったじゃない。
 理不尽にもそう思い、全てを隣にいる銀髪のせいにした。そんな隣の席をちらりと横目で見てみると、なにやらノートにすらすらと数式を書いている。その字は男子にしては綺麗な字で、数式も私みたいにぐちゃぐちゃではなかった。
 なんだか、劣等感。

「のう、なまえ」
「……え、誰?」
「あり、お前さんなまえって名前じゃなか?」
「え、ああ……そうだけど」

 勝手に劣等感を抱いていた私は彼が私の名前を呼んでいたことに全く気が付かなかった。
 思わず誰かと尋ねてから、それが自分だということを理解した。しかし本当にいきなりなんだというのだ。

「お前さん、肌綺麗なんじゃな」
「は?」
「肌。無駄に化粧とかしとらんっちゅー証拠じゃな」
「確かにメイクなんてしたことないけど、それがなによ」

 しばしの間まじまじと顔を見られ、気まずさから顔を逸らすとそう褒められた。
 メイクなんてしたことがないし、興味がないわけではないけれど、別にメイクをして遊びに行く予定もない。何より中学生のお小遣いなんてたかが知れているのだから、化粧品なんてそうそう買っていられない。
 私なら化粧品を買うぐらいならケーキを買うし、本を買う。

「ええな、そういうん。やっぱり気に入ったぜよ」

 気に入ったってどういうことよ。
 そんな私の声は鳴り響いた昼休みを告げるチャイムの音の中に消えていった。




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