変わらない笑顔を箱の中で
あの忘れたくても忘れられない文化祭から早10年。僕と秋本はもう24歳になっていた。身長差や体格差なんか中2の頃よりも変わってしまった。
でも、10年たった今も秋本の僕への接し方は相変わらずだ。
「ホンマに仲ええなぁ。自分ら」
「へへ、やっぱり兄さんもそう思いますか」
楽屋で先輩芸人さんと秋本はそんな話で盛り上がっている。
“楽屋”と言えばテレビ局だ。
そう、僕と秋本はいつの間にかテレビに出るような立派な「芸人」になっていた。なんでこんなことになったのか。
それは高3のときに出場した“高校生漫才甲子園”で優勝したからだ。
高校生漫才甲子園の優勝者は、それを主催している超有名事務所の養成所の費用を半分、負担して貰えることになっていた。それを良いことに俺は秋本に無理矢理養成所に入れさせられた。
そしていつの間にかネタ番組やトーク番組に呼ばれるようになり、芸歴4年目の今や休みは月1ぐらいといういわば“売れっ子芸人”になっていた。
そのため僕は次第にもう戻れない、という風に考えを変え芸人としての人生を受け入れた。
「なぁ、瀬田は秋本のことどう思ってるんや?」
今まで秋本と談笑していた先輩芸人(……いや、所属事務所的には兄さんと呼ぶのが普通か)改め兄さんからそう聞かれ、僕は返答に困ってしまった。
別に秋本のことは嫌いではない。寧ろ好きだ。けれど、今ここで好きだと言ってしまえば秋本のテンションがウザいくらい上がってしまう。
どうしよう。
「うーん……別に好きでも嫌いでもないですね」
「あゆむぅ〜! そこは好きって言うべきやろ!」
「名前を伸ばすな。いや、だって事実を曲げるわけにはいかないから」
「俺はこんなにあゆむぅ〜のことが好きや言うのにそれはないやろ……」
いつものように僕を背後から抱き締める秋本は少し落ち込んだ風な声で言った。
「瀬田、秋本ってオフでもそんなテンションなんか?」
「はい。毎日毎日このテンションでうるさいくらい引っ付いてきます」
「苦労しとるんやな」
苦笑しながら言われ、同情してくれているのが分かった。さすが兄さん。いい人だ。
「さぁ、そろそろ時間やし行ってくるわ。番組はちゃうけど2人も頑張ってな」
「兄さんも頑張ってくださいね」
「おん。ほなまた後でな」
そうして兄さんは収録へ向かった。僕たちの出番まではまだ一時間もある。
「あゆむぅ〜、好きやー」
「はいはい。分かったから離れてくれ、秋山」
「秋本やってあゆむぅ〜」
「名前を伸ばすな」
昔から芸人のコンビになってしまうと学生の頃みたく一緒に遊びに行くこととかがしにくくなって、仲が前より悪くなると言われているが僕たちは全くの無縁だ。
ずっと思っていることだけど、秋本の左隣は居心地が良いから、だから……好きだ。
もちろん秋本本人のことも友達、そして相方として好きだ。
……もう一つ。恋人としても、だ。改めて思うとすごく恥ずかしいけど。それでもやっぱり毎日あんなにハイテンションだと苦労はする。
「あゆむぅ〜、キスしてえぇか?」
「嫌だ……んっ、あ」
全く。疑問系にした意味は何なんだ。
「あきも、と……ここ楽屋!」
「そんなもん気にせんでえぇやろ。ドッキリとかのカメラが仕掛けてあったとしても問題ないやん」
「ありまくりだ! 第一カメラじゃなくて誰かが見てるかもしれないし……」
「見せつけてやろうや。あゆむぅ〜は俺のや、ってところをな」
「ぜーったい嫌だ!」
「しゃあないなぁ」
うーん、居心地が良いからって、なんでコイツを恋人にしてしまったんだろうか。
いや、二回目だけど嫌いではないんだ。寧ろ好きなわけで。告白されたときに必死に考えてそういう結論を出したのだから間違いではない、はずなんだ。
「なら収録終わって家帰ったらあゆむぅ〜を存分に味わったる!」
「同棲してるからって調子に乗るな。俺は寝るからな。明日の朝も生放送あるじゃんか。」
「……せやった」
へこんでるへこんでる。
でもこうして見るとやっぱりポンスケに似ている。今はきっと耳が完全に下を向いているはずだ。
「キスくらいなら……ええよな?」
「……まぁ、いいかな」
僕も秋本には甘いなぁー、なんて。コイツがキスで済むはずないのに。
「ホンマか!?」
「あぁ」
「歩、おおきにっ!」
屈託のない笑顔でそう言われるとなんだか嬉しい反面恥ずかしくなる。
ホント、裏表のないやつ。まぁ、僕の知ってる限りではだけど。
「あゆむぅ〜、好きやぁー!」
「はいはい」
そうして僕はまたたくさんの笑顔の中でも一番好きな秋本の笑顔を見るためにステージに立つのだ。
これからずっと、ずっと。
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