テニプリ(zzz) | ナノ




疲れた心に愛をあげよう





「チャーシュー麺頼む」

 そう言ってクラスメイトの仁王雅治は私の顔をじっくりと、おまけににやにやと笑いながら眺めてきた。

「人のバイト先に居座るのもなんか、どうなのよ」
「ええやろ、ここのラーメン美味いしここ来ればお前さんに会えるしのう」

 よくもまあそんな恥ずかしいことを堂々と。
 最初は、彼が来店したのは偶然なのかなと思っていた。立地的には微妙な位置にあるものの、お昼時にはそりゃもうえげつないほどに混む有名店だから、たまに学校で見かけたことのある人がやってくることはある。だから、仁王くんが来たのだって偶然だと思っていたのだ。
 偶然じゃない、そう思うようになったのはすぐだった。今まで会話したこともなかったのに、いつの間にか彼は突然私のバイト先の常連になっていて、しかも私がシフトの時に限ってやってくるものだから、当然接客は私がすることになる。そして気がつけば学校でも普通に話すようになっていて。
 そうしていつのまにか彼は私の頭の中の中心に居座っている。今日は来るのかな、とか。そんなことばかり考えてしまう。
 たいていそう思っていると、席数の少ない店のカウンターの一番端の席に座っては、決まってチャーシュー麺を頼むのだ。

「スープの味と麺の太さはどうされますか」
「お前さんが食べたいのでええよ」
「お腹空いてる時にそれ言われて、それで食べてる姿見ると腹立つんだけど」

 思わず喧嘩腰だ。けれど、別に怒っているわけではない。仁王くんもそれをわかっているから、おうおう怖いのう、と笑いながら返してくれる。

「じゃああっさりの細麺でいい?」
「おう」
「かしこまりました」

 伝票を手に、厨房へと行きオーダーを通す。ここ数ヶ月こんなやり取りばかりやっているせいか、いつの間にか店長を始めとする社員さんたちには完全に仁王くんが私の彼氏だと勘違いされている。違う、違うんですと何度言ってもそう言われるのでもう諦めることにした。
 気がつけば店長の方からも仁王くんに話しかけるようになっているし、仁王くんも普通に応じているし。なんなら仁王くんを雇ってほしい。今この店は人手不足が深刻なのだから。
 でも、ああ、そうだ。彼はテニス部だ。確かに常連だけれど、来るのは平日の21時前。部活終わりに来ているのだろう。それならだめだ、ちくしょう。
 昼とは打って変わって、夜になるとほとんどがらんとしている店内には、私と仁王くんと、そして入り込んできた店長の話し声が響いていた。


「はあ……」

 連日の疲れが溜まっていたらしい。私は机に突っ伏してため息をついた。
 ここ最近、さらに人手不足が悪化した。ただでさえ6人しかいなくて、それでもひどかった土日のシフトが、ひと月だけで辞めた新人さんのおかげか5人に減り、土日のシフトは非情なものになっていた。特に最近は昼担当のパートさんが休みがちになっているのだ。どうも子どもだとか、そういった家庭の事情で休んでいるらしいのだが、とばっちりはバイト先から家が近い私へと回ってくる。
 おかげでここ3週間ほぼラストまでが続いている。休みがほしい、今わたしの願い事が叶うのならば、休みが欲しい。すぐに欲しいのだ。
 ああ、どうにも頭の回転も遅くなってきているようだ。休みがほしいしか言えなくなっている。

「お疲れのようじゃな、みょうじ」
「仁王くん」

 そんな私に声をかけてきてくれたのは仁王くんだった。
 過酷なシフトの中、やはり遅い時間に店に顔を出してくれる仁王くんとの会話の時間だけが、この3週間の私の癒しとなっているのは確かだ。素直に告白してしまえば、私は仁王くんのことが好きなのだ。恋愛感情込みこみで。
 テニスのプレイスタイルはどうやら人を騙しているだとか、そんなことを聞くけれど。多分トリックだとかそういったものが好きなのだろう。詐欺師という異名もあるけれど、それは別に気にならなかった。

「ほれ、これでも飲んで元気だせ」
「カフェオレ……このメーカーの私大好き!」

 そんな彼からの優しさに、やっぱり嬉しくないわけがない。おまけに大好きなメーカーのカフェオレと来た。思わずにやけてしまいそうになるのを、笑顔に変えてこらえた。

「これ学食の販売機で売ってるやつだよね。いつも買っちゃうんだよなあ」
「……知っとる」

 ぼそっと呟かれた言葉。教室はそんな時だけどっとうるさくなる。おかげでなにか大事なことを聴き逃してしまった気がする。

「ん? なにか言った?」
「なんもない」
「そっか。でもありがとう、仁王くん」
「お前さんが元気になるためやったらなんでもするきに。いつでも頼りんしゃい」

 仁王くんはそう言って私の頭を優しく撫でた。手から伝わる温度が気持よすぎて、思わず目を閉じてしまった。このままでは自惚れて、都合のいいように解釈してしまいそうだ。ごめんね仁王くん、今だけ勘違いさせてね。
 くしゃくしゃと髪の毛を弄られ、さっきの優しい手つきはどうしたと思って目を開けて仁王くんの顔を見れば、そこには少し顔を赤らめた彼がいた。だから、そういうのは反則だってば。

「お前さん、無防備すぎ。男は狼じゃぞ」
「ああ、でも仁王くんが狼とか似合いそうだね。猫も似合うけど。しっぽも狼のしっぽみたいだし」
「ほーか?」
「狼さん! なんで狼さんのお口はそんなに大きいの?」
「それはお前さんを喰うためぜよー」

 がおー、と、それはライオンだろうと突っ込まざるをえない仕草もついてきた。とてもムービーを撮って保存しておきたい場面だった。撮り損ねたことに悔しさを覚えながらも、こんなくだらない会話だってなんだって、本当は一瞬一秒も無駄にしたくはないし、保存して記憶しておきたい。

「ははっ、予想以上に似合ってる。かわいい」
「お前さんのがな」

 期待、してもいいんですか。もしかして私は詐欺にあっているのだろうか。こいつ、こうやって何人もたぶらかしてきたのかと思うほどにお世辞がうまい。

「褒めても何も出ませんよー」
「いや、みょうじの赤ずきんもかわええなあ思って」
「防災頭巾でも被る?」
「いやいやなんでそこで防災頭巾なんじゃ。妙に似合うのが腹立つんじゃけど……お、そうじゃみょうじ。今日一緒に帰らん? 部活が休みでのう」
「おっけー」

 軽い口調で返事をする。今日は私もお店が定休日だからバイトはない。そういえば仁王くんと一緒に帰るのは初めてかもしれない。ただでさえ彼は部活が忙しい。その合間を縫ってお店に来てくれるのは嬉しいけれど、無理をしてるんじゃないかと不安になる。
 早く放課後にならないかな。そう思いながら、私は残りの時間を過ごした。


「みょうじ、帰るぜよ」
「はーい」

 ようやく放課後。5限目の英語は、このときのために頑張ったようなものだ。いつもは寝てしまうけれど、今日は起きていた。しかも頭は冴えていて、わからなかった文章もなんとかわかったのだ。恋する乙女は偉大だ。いや、乙女って自分で言うのは恥ずかしいけれど。

「ちょっと寄りたいところあるんじゃが、寄ってもよか?」
「寄りたいところ? どこ?」
「秘密じゃ」

 昇降口を出て、駅へと向かう。寄りたいところがあると言われて、他愛もない会話をしながら私たちは歩いていた。
 仁王くんはその駅へと向かう道の途中にある公園を見つけると、その中へと入っていった。16時前、夕方だからかその公園には人気は少なかった。ちらほらと子どもの姿はあるけれど、砂場や遊具などはない、ただ大きな噴水とベンチしかない公園だ。子どもたちはもう少し先にある遊具のある公園のほうが好きなようで、いつもこの公園は子どもの姿はあまりないのだ。

「おお、ベンチ空いとる。座ろか」

 そう言って仁王くんは噴水の前にあるベンチへと腰掛けた。私も続いて仁王くんの隣に座った。
 距離が、近い。

「なあ、みょうじ」
「なに?」
「あんまり無理するんじゃなか。人手不足なんはわかる、でも、どこか辛そうに見えるんじゃ」

 名前を呼ばれて、すぐにそう言われた。無理は、していたのかもしれない。でもどうすることもできない。バイトそのものは楽しいし、社員さんも、お店の人はみんな良い人ばかりだ。それに無理をしているのは私だけじゃない。わがままは言えない。なんたってそれが働くことなのだから。

「わかっとるよ、そんなことは。なんて言うたらええかな……最近みょうじから笑顔が少なくなった気がしたんじゃ」
「笑顔? そうかな、そんなに笑ってなかったかな、私」
「みょうじには笑顔が一番似合っとる。でもこの3週間、土日は特にいつもの倍忙しい言うてから疲れたような笑顔しか見れんかったから」

 辛いときには笑う、それが私だと思う。辛いときこそ笑っていないとやっていられない。だから、その辛さはあまり伝わることはなかった。いつも楽しそうだねと言われてきた。
 初めてだった。こんなことを言われたのは。

「俺、ずっとみょうじを笑わせていたい。笑顔が見たい。心の底からの笑顔が見たい。思いつめたような、辛そうな笑顔は見たくないんじゃ」
「にお、くん?」
「好きじゃ」

 幻聴かな、疲れすぎて都合のいいように仁王くんの言葉を耳に通しているのかもしれない。
 でも、あれ、今抱きしめられてる? なんで唇があったかいの?

「幻聴なんかじゃなか、何度だって言う。好きなんじゃ、みょうじ」

 呆然と私は仁王くんの腕の中でぐるぐると頭を回転させていた。嘘じゃない、幻聴じゃない。
 仁王くんは、本当に私に好きって言ってくれたんだ。

「仁王、くん」
「ん」
「ありがとう……私も好き、仁王くんのことが好きだよ」
「よかった」

 彼はほっとした顔で私を見下ろす。ああ、その顔のなんとかっこいいこと。

「見惚れとる?」
「見惚れてる」

 そうして、視線を絡めれば自然と吸い寄せられるように唇は重なった。
 噴水の水しぶきが、照れて赤くなった頬にかかって、それがとても心地良かった。


********************
 バイト先のくだりは実体験(彼氏と疑われるところは除く)
 人手不足に激おこすぎてできてしまった。ラーメン食べたい。



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